ガイヤール(チェロ) 『Alvorada』(スペイン・南米の作品集)
オフェリー・ガイヤールは、1998年ライプツィヒ国際バッハ・コンクール第3位受賞、モダンからバロックまで、幅広く活躍する女性チェロ奏者。フルニエ、トルトゥリエら、フランス・チェロ楽派の正当な継承者ともいえる存在です。ボサノヴァの神様、トッキーニョも参加しているという超豪華なゲスト演奏家にも注目の、スペインの民謡色濃厚な作品や、ピアソラなど南米の作品までを網羅した2枚組です。
■ガイド大塚の感想
ガイヤールはとにかく音が良い。この艶やかな中高音と豊かな低音と言ったら! ゆったりと大きなヴィヴラートも穏やかな気持ちにさせてくれる。ラテンな曲をリズミカルに聴かせてくれて楽しいが、やはり抗いがたく魅力なのはジスモンチの『水とワイン』、ピアソラの『オブリビオン』などで聴かせる深い低音。チェロ好きにはたまらない、身体の芯から震わせる音だ。
清水真弓(トロンボーン) 『ファンタジー』
南西ドイツ放送交響楽団主席トロンボーン奏者の清水真弓は、慶應大学理工学部卒という音大卒ではない異色のトロンボーン奏者です。数々の国内外コンクールで受賞しており、ベルリン・フィル、ベルリン放送交響楽団を始め、ソロ・室内楽・オーケストラと幅広く活動しています。このアルバムでは古典から現代曲まで時代をまたぐ楽曲をそれぞれ違ったキャラクターで、美しい音色とエネルギッシュな演奏で聴かせてくれます。
■ガイド大塚の感想
伸びやかでなめらかな歌い回しに、ゆったりとした気分になれる1枚。全体的に柔らかく温かなトロンボーンに包み込まれるようで本当に心地良い。シューマン『幻想小曲集 作品73』におけるピアノと寄り添い、溶け合うような美しさなど絶品。ピースリー『アロウズ・オブ・タイム』はジャズ的でクラシックに留まらない魅力がある。
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アファナシエフ(ピアノ) ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番『悲愴』、第14番『月光』、第23番『熱情』
「自分が最高の演奏ができる」という強い確信を持つまで、新しい作品をレパートリーに加えない鬼才アファナシエフが、68歳にして名ソナタ3曲を初めて録音。最近はライヴ録音をリリースしてきましたが、今回はセッション録音。旧知の名プロデューサーを起用し、これまで聴いたことのないような解釈を生み出しました。特に『熱情』は録音のみと言明しており、貴重なリリース。初回限定版は録音セッションの模様を収録したDVD付き。6月に来日公演あり。
■ガイド大塚の感想
これまた凄まじい演奏が……! 悲愴の冒頭の和音は空間に放り出され、そのまま減退し水平線へ向かう……。遅い……。主題がセンチメンタルと思ったら対比的に鳴らされる和音の激しさ。突如止まったり音がずれ、掴みづらいスピード感に翻弄される……。トータル・セリエルのようなバラバラにされた、カットアップされた、意識のパズルを一つひとつ嵌めていくような。なんだこれは……。ところが、2回目からは思いのほか自然に受け入れられるようになる。これは小説だ。テンポの遅さは、行間や文字間。ハッとしたり、真実を目の当たりにしたり、素早い行動に出たり。作曲家と演奏家の“間”の音楽という印象。私は『悲愴』に酒場のラブソングや男女の会話、『月光』に映画『ラ・ジュテ』のようなフォトロマンのモノクロームの回想、『熱情』に恋愛と生涯の壮大な物語を感じた。クラシックの可能性、意義をも改めて示唆する衝撃的な1枚だ。
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P・ヤルヴィ(指揮) ショスタコーヴィチ:カンタータ集
この録音はエストニア国立交響楽団とのライヴ録音のものです。この「森の歌」は国家的植林事業をたたえる国策的作品で、目立って大衆的なスタイルによる作品です。ジュダーノフ批判の翌年に書かれ、作曲者としてはきわめて珍しいスターリンを崇拝する歌詞も含まれています。パーヴォの演奏は丁寧できめの細かいアプローチを透徹し、これまでにない新たな切れ味のある作品として見事に描き上げています。
■ガイド大塚の感想
「森の歌」は、作曲家が生き延びるために(表向きに)スターリンを礼賛した曲で、独裁者死後に歌詞を変更されるなど冷遇された歴史があり、また逆にそうした政治的背景はあるが「曲自体は良い」と“音楽”が評価される場合もある。が、ヤルヴィはオリジナルのスターリン礼賛版を採用し、ためらいなく鳴らす。わざとらしいくらいに簡明な音楽に乗せて歌われるスターリン礼賛の歌詞。そこに感じる充実した演奏の感銘と、後味の悪さの同居。解説でヤルヴィは「根本的問題はスターリン時代のロシアと今日で同じである」と記す。ヤルヴィは単に楽譜を音にするのではなく、作曲家の普遍的な真の意図を音楽にする。独裁、全体主義、恐怖政治に向かう国家・世界への痛烈なメッセージだ。