一度は諦めた俳優の道……そして再び
「ニナガワ・スタジオ」を退団し、しばらくフリーの立場で俳優を続けていた松重豊さんが、その世界から身を引こうと決めた原因は……「貧乏」。そうなんです、いくら東京で1日に動くチケット代がNYやロンドンより大きいと言っても、舞台を中心に活動する俳優さんはバイトをしながら演劇に関わり、何とか日々の生活を支えているのが現状。そんな毎日に疲弊して芝居の世界から離れる人も多いのです。
松重さんは俳優を辞めた後、何と一度は正社員として建設関連の企業に就職し、現場に出て働いていたそう。バイトではなく正社員という所に「芝居は辞めた」という強い意志を感じます。そしてこの頃、学生時代から付き合っていた現在の奥様とご結婚。
そんな彼をまた演劇の世界に引き戻したのが「ニナガワ・スタジオ」で一緒に舞台に立っていた親友・勝村政信さんや(『HERO』でも共演していましたね)演出家の鈴木勝秀さん。彼らの強い勧めや説得もあって松重さんは俳優としてリスタートする事を決意。2000年代からは映像を中心に様々な作品で活躍し、2007年には落語界を描いた映画『しゃべれどもしゃべれども』の湯河原太一役で第62回毎日映画コンクールの助演男優賞を受賞。個性派俳優としてドラマや映画の世界でも確固たる地位を築いていきます。
そんな松重さんにとって大きなターニングポイントとなったのが、2012年に始まったテレビ東京系の深夜ドラマ『孤独のグルメ』井之頭五郎役ではないでしょうか。初主演となった本作は松重さん演じるニュートラルなゴローさんの雰囲気と、美味しそうに食事をするシーンが大受けし「夜食テロ」とまで言われるようになりました。
ゴローさんも食べた「シャンウェイ」の柔らか雛鳥のねぎ醤油(撮影:上村由紀子)
それまで極道系の映画でコワモテ系の役柄を演じることも多かった松重さんですが、近年ではゴローさんの影響か、『HERO』の川尻部長検事役や『デート~恋とはどんなものかしら~』の依子父役等、コミカルな一面も持つキャラクターが大好評。
舞台では野田秀樹さんの初期の作品を気鋭の演出家・藤田貴大さんが演出した『小指の思い出』や、手塚治虫さんの原作を舞台化した『プルートゥ PLUTO』など、主に中劇場クラスの作品に年間1~3本程度のペースで出演しています。
松重豊さんの魅力の1つがメイクや髪型を大きく変える訳ではないのに、冷酷なテロリストから気弱な娘思いの公務員、暴力的な極道まで、自らの佇まいを自在に操れる振り幅の大きさと、女性に対するギラギラした感じがない所かな、とも思います。ご本人は散歩と釣りとガーデニングとカメラが趣味で、いつも万歩計を装着して歩いているというエピソードもまた素敵。
ガイドが松重さんのラブシーン(?)で思い出すのは2009年に渋谷のPARCO劇場で上演された『LOVE30 Vol.3「しゃぼん」』という舞台。お互いほのかな恋心を抱きながら思いを伝えられない男女2人の物語で、理容師役の松重さんが相手役・ともさかりえさんの顔を剃るという場面が何ともセクシーでした。
娘思いの気弱なお父さんや、学校内裁判に気を揉む教師役、女性より食に夢中なキャラクターも素敵ですが、R50の今だからこそ、舞台や映像で松重豊さんが出演する「大人のラブストーリー」を観てみたいなあ、などと思うのでした。
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