実在の「風の電話」をもとにした絵本『かぜのでんわ』
亡くなってしまった大切な人ともう1度話をしたい、思いを伝えたい……。その思いに静かに向き合ってもらいたいと、東日本大震災後に1人のガーデンデザイナーが設置した岩手県大槌町の「風の電話ボックス」。絵本『かぜのでんわ』は、震災で大切な人を失った多くの人たちが訪れる実在の「風の電話」をもとに作られました。
旅立った大切な人への思いを言葉にする
山の上に置かれている線のつながっていない赤い電話。「会えなくなったひとに自分の思いを伝えると必ず届く」といわれている電話を目指して、色々な動物が山を登っていきます。ある日から帰ってこなくなったお兄ちゃんに、「いいこにするからはやくかえってきて!」と叫ぶたぬきのぼうや。もう2度と聞くことができない我が子の声を思い出しながら、語りかけ、子守唄を口ずさむうさぎのお母さん。先立った妻を責め、謝り、感謝の気持ちを伝え、泣き続けるきつねのお父さん。ねこさんは、命というものについて神様に問いかけます。生きていると、もう2度と会えなくなった大切な相手に、無意識のうちに声を出して語りかけていることがあります。相手に聞こえているのか聞こえていないのかわからない。けれど、きっと届いている、語りかけることやその人を思い続けることで自分のそばにいつまでも生き続けてくれる……。そう信じることが、大切な人を失って崩れ落ちそうな心を何とか持ちこたえさせ、ゆっくりと前に進んでいくための土台になるのかもしれません。心の復興の形は人ぞれぞれですが、自分の思いと向き合って声に出すということは、1つの大切な手段なのだと思います。
みんなの思いが届いた夜
たくさんの動物たちの大切な存在への思いを受け止めてきた「かぜのでんわ」。ある初冬の夜、それらの思いが届いたことを感じさせてくれるすてきな光景を見せてくれます。悲しみや理不尽な死へのやるせなさという遺された存在の気持ちを、抑えたトーンで描き出すいもとようこさんの温かい絵。命が限りあるものだと少しずつ認識してくる年頃の子どもたちにも、優しく響くことでしょう。大切な人を失った悲しみは決して消えることはありません。でも、遺された人たちの心の傷がゆっくりと時間をかけて癒されっていってほしい……。絵本に込められた鎮魂と心の復興への作者の祈りを感じ、かけがえのない命をもって近くにいる家族や仲間たちとの心や言葉の交流への愛しさが、あらためて募ります。