絵本

東日本大震災後さまよい続ける心を描く『およぐひと』

帰りたかった場所に向かって必死に泳いで戻ろうとする男性。小さな赤ちゃんを抱えて、住み慣れた土地から少しでも遠くへと逃げる女性。絵本『およぐひと』は、東日本大震災で命やそれまでの日常を唐突に奪われた人々の無念を描き、それぞれの人生にある復興の意味について問いかけます。

執筆者:千葉 美奈子

 東日本大震災後のさまよう思いを描く『およぐひと』

家や船や車を押し流していく流れに逆らって泳ぐ男性。家の中にいるような姿で小さな小さな赤ちゃんを抱いて、「このこをできるだけとおくにつれていきたい」と話す女性。絵本『およぐひと』の限られたページ、静かで平易な文章の中に凝縮された、色々な形でさまよい続ける人々の思い。東日本大震災後の「復興」とは何なのか。答えは見つからなくても考え続けなければならない問いを、痛烈に投げかけます。

絵本は小さな子どもだけのためのものではない、ということも感じさせられる絵本。中学生以上の子や、大人にこそぜひ出合ってほしいと感じました。


 


進む人、戻る人、離れる人、とどまる人……

町を飲み込んだ流れに逆らって泳ぐ男性は、スーツ姿。「どうしてそんなことを。あぶないですよ!」と一段高い場場所から叫んだ男性への返事は「はやくかえりたいのです」。男性は「うちがあっちなもんですから」と言います。そして、消えていきました。泳ぐ男性が戻りたかったのは、この震災が起こる前の日々だったのでしょうか。家族の笑顔に出会えるはずだった我が家でしょうか。男性にそれ以上問いかけることができない無念さ、消えていった男性自身の無念さが広がります。

電車の中で「どちらまで」と聞かれて、「にげるのです」と答えた、小さな赤ちゃんを抱き抱えた女性。彼女も、問いかけた人物から遠ざかっていき、見えなくなっていきました。彼女は本当に住んでいた土地から遠ざかっていったのかもしれないし、もしかしたら、体は今までと同じ土地にいてもそこは安心して住める土地ではなくなり、他の地域の人々と心の距離がはてしなく広がってしまったのかもしれません。

「泳ぐ男性」や「遠ざかっていく女性」と言葉を交わしたのは、カメラを携えた1人の男性。やがてその男性は、普通の日常が流れる自分の住む町に戻ります。見てきたことについて娘から問いかけられた男性は、うまく答えることができません。時が止まってしまった様々な人々の苦しみが迫ります。


大人になろうとしている世代に伝えたい

東日本大震災から4年。当時まだ就学前だった子の中には、小学校高学年になろうとしている子もいるでしょう。小学校中・高学年だった子は、中学生、高校生になっているでしょう。小学生の子どもたちが読んだら、「何だかちょっと怖くて悲しい絵本だな」と思うかもしれません。中高生は、何を感じるでしょうか。あえて感想を話し合ったりせず、何かを感じる、ただそれだけでもいいと思うのです。

一言で「被災地」「復興」といっても、あの日を境に様々に分かれてさまよい続ける思いがあることを、子どもたちが大人になっていく過程で少しずつ感じていくとき、この絵本を思い出すかもしれません。
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