命を守った言葉『つなみてんでんこ はしれ、上へ!』
絵本の扉をめくると広がるのは、美しい青が印象的な空と陸地に囲まれた海。岩手県・釜石の大槌湾です。「いつみても、いい海だ」と、浜辺に座っているおじいちゃんが孫に向かってつぶやきます。豊かな海の幸に恵まれた三陸の海。大きくなったらじいちゃんや父さんみたいな漁師になりたいとの夢を持つぼくに、おじいちゃんが「つなみてんでんこ」の話をします。「それぞれが逃げて、自分で自分の命を守る」という意味を持つ「つなみてんでんこ」。昔から度々大地震の後の津波被害を経験してきた東北地方の海沿いの地域で、防災の標語となっています。2011年3月11日の東日本大震災では釜石の一帯は津波に飲み込まれましたが、1000人を超える死者・行方不明者が出た釜石で、99.8%の小中学生の命が助かった背景には、「つなみてんでんこ はしれ、上へ!」の教えを生かすことができた子どもたちの行動力や、中学生たちの危機状況における判断力の高さがあったと言われています。
はしれ、上へ! つなみてんでんこ (ポプラ社の絵本)
大人でも直視するのが怖かった巨大津波
当時、巨大な津波に襲われた地域以外の人たちは、その光景を、テレビやインターネットの映像で、呆然と眺めました。「今、一体何が起きているのだろう」「濁流に飲み込まれた人たちはどうなってしまうのだろうか」……。かたわらにいる我が子の存在にハッと我に返り、このあまりにも恐ろしい映像は子どもには見せてはいけないと、画面を閉じた方も多いと思います。それほどまでに、現実として受け入れがたい光景でした。しかし、その現場では幼い子からお年寄りまでが、離れている家族のことを案じながら、今一緒にいる人たちと一緒に、必死に上へ上へと走りました。地震発生直後からみんなでさらに高い所へ高い所へと走り続け、自分たちの住む地域が丸ごと海に飲み込まれていく様子を眺めた人たちの様子が、臨場感をもって迫ってきます。
あの時に子どもには見せられなかった光景。それは、経験した人以外の人こそ、その現実を知るべきで、記憶から薄れさせてはならないこと。この絵本は、これからを生きていく子どもたちにも、平穏な日常を一瞬にして奪い去る自然の威力を淡々と伝えます。
自分と地域を守るための「つなみでんでんこ」
小学生たちに「津波が来るから早く逃げろ!」と叫び、小学生の手を引きながら上を目指した中学生たち。遅れがちな友だちを、他の仲間と抱えるようにして走り続けた小学生たち。家族の安否が分からず不安でいっぱいの、寒さの厳しい暗闇の中でも、お互いの存在を励みにしながら乗り越えた子どもたち。そんな子どもたちの姿にあとひと踏ん張りのエネルギーを振り絞り、助かることができた大人たち。そして、助かることができなかった命……。「(被災したことを)わすれろという人もいれば、わすれるなという人もいる。ぼくは、わすれない方がいいと思う」。絵本のカバーに記されている、釜石東中学校の生徒の言葉です。