何度もよみがえった、砂の雷神
カネヒキリ
ディープインパクトが、日本ダービーを始めとした芝のG1レースを勝ちまくっていた2005年。実はその同世代で、ダートレースを勝ちまくり「砂のディープインパクト」と言われた馬がいました。その馬の名は、カネヒキリ。こちらもダート史に残る王者です。2004年にデビューしたカネヒキリは、まず芝のレースに挑戦。しかし、初戦は4着、2戦目は11着と大敗してしまいます。
このあと半年近く休んだカネヒキリは、矛先をダートへ。2005年2月にダートのレースへ出走すると、見違えるように圧勝。次もダート戦を選ぶと、こちらも後続を突き放す大楽勝。舞台をダートに変えて、一気に注目の的となったのです。
冒頭でも述べたように、JRAの競馬はあくまで芝がメインになっているところがあります。そのため、先ほどのクロフネもカネヒキリも、まずは芝のレースに挑戦。その後それぞれの理由があってダートに路線変更しています。そして、そこで才能が開花しました。
個人的には、このストーリーがたまらなく好きです。もちろん、デビューからダート戦で快進撃を続けるのもいいのですが、芝からダートに替わって大変身する姿になんとも言えない驚きと感動を覚えるのです。
話を戻して……。カネヒキリの快進撃はこの後も止まりませんでした。同世代相手に圧勝の連続。そして、年上の強豪相手にもG1を制していきます。
2005年ジャパンカップダートのレース映像(カネヒキリは黄帽の10番)
2006年フェブラリーSのレース映像(カネヒキリはオレンジ帽の14番)
まさに「カネヒキリ時代」の到来。その後は海外遠征なども行い、勝てはしなかったものの、王者としての道を歩み始めました。が、しかし……。先ほどのクロフネと同じく、カネヒキリも屈腱炎を患ってしまったのです。
サラブレッドにとって、「不治の病」と言われるのが屈腱炎。クロフネのように引退する馬も少なくありません。しかし、カネヒキリ陣営は現役続行を選びました。そこからの休養期間は、なんと約2年4ヶ月。ダート戦線の勢力図もすっかり変わった頃に、カネヒキリは治療を終えて戻ってきたのでした。
復帰戦となった武蔵野Sは9着。さすがに厳しい結果になりましたが、次のレースでカネヒキリはよみがえりました。3年ぶりの出走となった2008年のジャパンカップダート(ダート1800m/阪神競馬場)で、見事に復活を遂げたのです。
2008年ジャパンカップダートのレース映像(カネヒキリは黄帽の10番)
なんというサラブレッド。2年以上のブランクを乗り越えて、またも王者になるとは。カネヒキリはこれを機に3連勝。もう一度、自分の時代を作ります。
サラブレッドの寿命は、だいたい20歳~30歳ほど。「サラブレッドの年齢を4~5倍すると、人間の年齢になる」ともいわれます。つまり、人間の4~5倍のスピードで成長・老化すると考えていいでしょう。となると、カネヒキリの約2年4ヶ月というブランクは、人間でいえば……。もう恐ろしくて言えません! それだけの休養を超えて、再度輝きを取り戻したことになるのです。
しかし、それもつかの間。復帰から半年ほど経った2009年5月に、またもカネヒキリはケガに見舞われます。今度は骨折でした。
それでもカネヒキリは現役続行。1年の休養を経て復帰すると、いきなりビッグレースで2着。そして次走で復活勝利を遂げたのでした。何度もケガに見舞われながら、毎回レースで闘志を見せ続けたカネヒキリの姿には本当に感動したものです。
その後、カネヒキリはまたもケガを発症。さすがにこれ以上の現役続行は厳しく、引退となりました。ダートで強さを見せたその姿と同様に、ケガと戦い続けた闘志が心に残る1頭です。
なお、冒頭で挙げたディープインパクトとカネヒキリは同じオーナーの所有馬。だからこそ「砂のディープインパクト」と呼ばれたのですが、実は前ページで紹介したクロフネも同じオーナーの馬。こんな歴史的な3頭を持てるなんて、なんて幸せな人でしょうか。
2000年代を彩った、ダート王者2頭。今後も、2頭のような、ファンの心をとらえる砂の鬼が現れることを願っています。
(リンク)
クロフネ|競走馬データ|netkeiba.com
カネヒキリ|競走馬データ|netkeiba.com
2015年フェブラリーSレース特集|netkeiba.com