気になる新星インタビューvol.12 加藤和樹(5ページ目)

『タイタニック』観劇レポート
人間の愚かさと美しさ、愛おしさを
一部の隙も無いチームワークで描き出す群像劇

＊いわゆる「ネタバレ」も含まれるレポートです。未見の方は十分にご注意ください。＊
1912年、人類最高の建造物ともてはやされながらその処女航海中に氷山と接触して沈没、1500人以上の死者を出したタイタニック号。事件は小説や映画などで幾度となく描かれてきましたが、97年に初演されたモーリー・イエストン作曲、ピーター・ストーン脚本のミュージカル『タイタニック』は、刻々と変化する音色と巧みな構成で事故前後の群像劇を鮮やかに舞台化。そこにさらに演劇的な醍醐味を加えたのが、今回の日本版も担当するトム・サザーランドの新演出（2013年、ロンドン初演）です。
実際には2000名以上が乗船した、壮大なスケールの船の物語ではありますが、サザーランドはあえてミニマルな表現にこだわることで、観客の想像力を刺激。大きなセットは可動式の階段のみとし、その“豪華”客船ぶりはリアルな装飾ではなく、遠くを見やる役者の視線や喜びに満ちた声、あるいは客席を船体内部に見立て、彼らが通路を歩き回る演出などで示します。
22名のキャストは人によっては何役もこなし、名もなき船員を演じたかと思えば、次のシーンでは１等客室のセレブに変身。俳優がどちらにも瞬時になりきることで、“階級社会”への皮肉効果も生まれています。後半、船からの脱出や残された人々が海に沈んでゆく様子もマイム風の動きやロープ使いで象徴的に描かれ、人々の苦しみ、無念がより際立つことに。
サザーランド自らがオーディションで選んだというキャストは、それぞれに異なる夢を抱いて乗り込んだ人々のドラマを、抜群のチームワークで流麗に、隙なく展開。前半は一等客に憧れるアリス役・シルビア・グラブさん、身分違いの恋の相手を励ますキャロライン役・未来優希さんらの明るく力強い歌声や、サービス業の模範を示す一等客室係エッチス役・戸井勝海さんのきびきびとした立ち振る舞いが印象的ですが、事故が起こってからは船長役の光枝明彦さん、船主イスメイ役の鈴木綜馬さん、設計士アンドリュース役の加藤和樹さんが責任をなすりつけあい、人間の醜さを剥き出しにするナンバーが圧巻です。
特にそれまで冷静沈着、物静かであったアンドリュースが無力感の中で爆発してゆく過程には迫力があり、クールな持ち味の加藤さんを起用したサザーランドのキャスティングは大当たりだったと言えましょう。
いっぽう終盤には、生きるのびる権利をとっさの判断で他者に譲るバレット役・藤岡正明さんの無骨な優しさ、人生のハッピーエンドとして共に船に残ることを選ぶ富豪夫妻役・佐山陽規さん、安寿ミラさんの穏やかな存在感には、階級によらない人間の“尊厳”を示し、涙を誘います。そして沈没によって亡くなった者も、生き延びた者も一列になり、船の最期を語った後、音楽はいつしか長調へと転調。人々は再びタイタニック賛歌を歌い、幕は下ります。人間は神にはなれず、間違いも犯せば醜くく、傲慢な側面もあるけれど、いっぽうでは美しさも気高さも持ち合わせ、それぞれが懸命に生きている……。

そんな人間が改めて大切に、愛おしいものに思える今回の『タイタニック』。観た後にはきっと身近な人に思いを馳せ、今ある命を抱きしめたくなる舞台です。