『familia~4月25日誕生の日~』観劇レポート
混迷する現代世界に提示される、一つの「家族論」
『familia~4月25日誕生の日』
ポルトガルの壁を彩るタイル、アズレージョ。この紋様を施されたキューブが次々と形を変え、戦地や駅、酒場へとなってエヴァと周囲の人々の物語の舞台となってゆきます。あるものは家族を探し、或る者は貧困にあえぎ、或る者は自由を求める。すべての登場人物が何かを「探し求める」物語は、やがて彼らを包み込む「国」の在り方を問う物語へと発展。それが「新たな国」の実現へと繋がってゆき、最後にまたエヴァたち、名もなき人々のドラマへと戻ってゆきます。
『familia~4月25日誕生の日』
「民衆」が描かれる作品では通常、大勢の俳優が登場しますが、今回のアンサンブルはたった6名(中山昇さん、照井裕隆さん、青山航士さん、吉田朋弘さん、千田真司さん、海宝直人さん)。にもかかわらず常にポルトガルの人々の気配が感じられるのは、この6名が戦士、革命派、酒場の客と次々に変わる役柄を的確に演じ分けつつ、気迫漲るダンス、歌で作品のテンションを維持し続けていることによるものでしょう。6人のダンスで軍内部の亀裂を表したり、ポルトガル伝統音楽風のリズムを使って酒場の喧騒を面白く見せる、謝珠栄さんの振付もクリエイティブです。
『familia~4月25日誕生の日』
メインキャストもはまり役揃いで、エヴァ役の大空祐飛さんは凛とした孤高の立ち姿に憂いが滲み、エヴァそのもの。ファドを歌うシーンでも独自の味わいを含ませ、終盤のダンスでは現代舞踊風の振りを踊る姿に切なさと芯の強さが表れています。いっぽう、フェルナンド役の岸祐二さんの立ち姿と台詞には「この人の判断に間違いはない」と思わせる頼もしさが溢れているため、観客は安心して彼のナレーションを通し、物語をフォロー。注目ポイントの一つはインタビューでも言及されていた“フェルナンドのほのかな恋”でしたが、舞台上でのその表現は…もどかしいほど奥ゆかしい!例えて言うなら、クラスメイトに告白はできないけれどいつも彼女を見守っていて、記念写真ではさりげなく後ろに写っているタイプの男性、でしょうか。けれども安易に要素を加えず、テーマを“家族”に絞り込んでいることで、本作が力強さを増しているのも事実。“秘めた想い”の表現はほどよいのかもしれません。
『familia~4月25日誕生の日』
幼馴染アリソン役の柳下大さんは、初々しくも一途なオーラで、正義のために革命に身を投じる青年役にぴったり。フェルナンドの父アニーバル役の福井貴一さんは、リベラルな元軍人役を知的なオーラで表現。以前、セクシーな二枚目の役どころが多かった経験が、悲恋を胸に秘めた今回のアニーバル役に生きています。そして酒場の店長ラモン役・坂元健児さんは少し前に怪我をされたため、今回は自由にダンスをすることはかなわなかったものの、その分も、とばかりに(?)力強い歌声で貢献。国籍がない悲しみを胸に秘めながらも明るく生きる「兄貴」を、のびやかに演じています。
『familia~4月25日誕生の日』
古今東西の歴史を通しても珍しく、一人の人の血も流れなかった点で、ポルトガルの人々が今もなお誇りにしているという、カーネーション革命。本作のバックグラウンドであるこの革命は、血なまぐさいニュースが日々世界を駆け巡る現代においては、もはやありえない「絵空事」であるのかもしれません。しかし、民族や主義主張の対立が激化し、混迷化するこの時代だからこそ、「家族」という小さな単位から人間の共同体の意義を振り返ることが、多くの問題の解決に繋がってゆくのではないか……。エヴァたちの物語には、作者たちのそんな願いがこめられているようにも見えます。幕切れの、ストーリー的には無くとも成立するであろう小さな、しかし幸福感に包まれたシーンの存在は、その証であるのかもしれません。