2014年11月 岸祐二インタビュー「英雄の肖像」
岸祐二さん、2014年撮影。(C)Marino Matsushima
大空祐飛さん演じるエヴァと運命的に出会い、関わってゆく陸軍少佐フェルナンドを演じるのが、岸祐二さんです。革命が背景ということで、『レ・ミゼラブル』の学生グループのリーダー、アンジョルラスが代表作の一つである岸さんにはぴったりの役どころですが、それに加えて今回はヒロインと育む関係も見どころ。稽古も佳境に入り、手応えも十分のご様子の岸さんを訪ねました。
「家族探し」が「国家論」へと繋がってゆく
雄大なスケールのドラマを生きる
――本作のちらしではヒロインの次に岸さんのお名前があることで、ひょっとしてロマンスの相手役かな?と思われる方も多いかと思います。 「そう思っていただいていいと思います。はじめこそ、僕が演じるフェルナンドはエヴァに対してどこか“似た匂い”を感じるだけなのですが、偶然の出会いが重なるうちに、それが“この人、俺と同じだ”という思いに変わってゆく。恋愛感情って、そういうことからよく芽生えるじゃないですか。
残念ながら明確なラブ・シーンがあるわけではないのですが、最後のシーンまでにフェルナンドの内面で起こっている変化をお見せできればいいなと思っています。エヴァの側もそう思ってくれるかは分りませんが(笑)、僕の方はしっかりとお見せできれば、と」
『familia~4月25日誕生の日~』
「アリソンとエヴァは強い愛情で結ばれているけれど、それはどちらかというと“姉と弟”の愛という感じではないかな。アリソンにとってエヴァは“あこがれのお姉さん”。僕も子供のころ、大好きな7歳上のいとこのお姉さんがいまして。家に遊びに行くのが楽しみで毎日といってもいいほど遊びに行っていました」
――エヴァはまだ見ぬ両親を探し、フェルナンドも実は生き別れた弟を探しています。本作は“家族”を求める人々のストーリーですが、最終的には家族としての“国家論”へとつながってゆく。非常にスケールの大きな作品ですね。
「そうなんです。はじめはエヴァの親探し、僕の弟探しの話から入って行くけれど、物語はそこにとどまらず、血がつながっていなくても心の繋がりで家族になれる、国というものも同じことなのではないかという“国家論”へとつながってゆきます」
――今、この作品を世に問う意味をどうとらえていらっしゃいますか?
「今は“お隣に誰が住んでいるかもわからない”時代ですよね。そういうことへの警鐘というか、人との繋がりの大切さを考えてみていただける作品なのかなと思います。昔は“向こう三軒両隣”といって、“みんな家族だ”という感覚がありましたよね。おせっかいなくらいかかわりあいがあった。そういう感覚が薄れて行って、最近は“自分さえよければいい”という風潮があるけれど、今一度考えてみてもいいんじゃないか。演出の謝(珠栄)先生も常に“一緒にやっていく仲間、同じ目的を持って一生懸命努力していく人たちは私の家族”とおっしゃっています」
――謝さんの日頃の思いが投影された作品でもあるのですね。
「そう思います」
革命を「する」側、「される」側、どちらも「国を想う」心は同じ
TSミュージカルファンデーション『ガランチード』より 写真提供:TSミュージカルファンデーション
――以前出演されたTSミュージカルファンデーションの『ガランチード』では、冒頭からカポエイラをアレンジした激しいダンスシーンもありましたが、今回は?
「前回はカポエイラ、やりましたね。でも僕の役は行き過ぎた軍国主義青年の役で、激しく踊るシーンはそれほど多くなかったかな。今回も、みんなは早変わりをしたり戦ったりと大忙しの中で、僕自身は(陸軍少佐という役であるため)それほどハードではないですね。けれど実力のあるメンバーがそれぞれに全力を尽くしているカンパニーなので、僕も常に刺激を受けています」
――今回も「戦い」にかかわる役ではありますが、例えば『レ・ミゼラブル』で以前演じたアンジョルラスのような、血気にはやる側ではなく、どうしたら戦いを止められるかと悩む役どころです。
「そうなんですよ。皮肉なことに、これまで革命を起こす側を演じると革命は成功せず、革命を抑える側を演じると、成功されてしまいます(笑)。とにかく、国や家族のことを思って武器をもっている役が多いんですけど、今回は戦わずして負ける……。何かを守ってばかりで、ラブ・シーンの経験もないですね~(笑)。それもまた面白いですけれど」
――今回、ご自身のなかで課題にされていることは?
「名前も2番目に載せていただいていますし、主人公をひっぱっていく役でもありますので、しっかりみんなをひっぱれるだけの気持ち、もちろん技術も持ってやっていければと思いますね。今までは引っ掻き回すような役どころが多かったけれど、主人公を導いてゆく役でもあるので、しっかりと存在していかないと、と」
――そのためには、さりげなく場を見渡したりとか……?
「そうですね、いつもはおふざけが好きなんですけど(笑)、全体のムードを見たりするようにはしていますね。それとこれまで、人見知りするほうだったのもあって、あまり人のことには口を出さなかったんです。後輩に聞かれれば答えてはいましたけれど。でもこれからは多少うるさがられても、(芝居をもっとよくしていくためなら)口を出すようにもしていきたいですね」
『familia』稽古中の岸さん 写真提供:TSミュージカルファンデーション
「ぱっと(業界を)見渡しても、ミュージカル、そして演劇というものに対してこれだけ“熱い”カンパニーは無いし、特に今回はキャストが12人という少数精鋭。本当に力のある俳優でないとここには入れないという自覚、プライドをもって皆やっています。アンサンブルに至るまで誰もが主役を張れる力を持っている、そういう集団に謝先生がめいっぱい力を発揮させている。ヘンに持ち上げるのもいやですけれど、日本の演劇界になくてはならないカンパニーだと思います。
実は僕が初舞台を踏んだのが93年なんですが、当時、青山のTSの稽古場を使わせていただいていたんですね。最近、謝先生に話したら“そんなん知らんかった”と言われましたけど(笑)、なにげにご縁があったんですね。もちろんこれからも呼んでいただけることがあれば、喜んで出たいです」
――次はラブ・シーン入りで……(笑)。
「そうですね、ぜひ!(笑)」
多くを学んだ、戦隊シリーズのヒーロー役
――ではここからは岸さんのこれまでをうかがいますが、岸さんはもともとアスリートでいらっしゃったのですよね。なぜ芸能界に入られたのでしょうか?「大学2年までは体育会でバスケットボールをやっていて、インカレに出たりもしていたんですが、監督とそりが合わなかったり、当時はプロのバスケットボールチームが無かったこともあってバスケはあきらめたんです。
そんな時に、ちょうどテレビのディレクターさんからSMAPの『I LOVE SMAP』という番組で彼らがストリートバスケをやるという企画があって、バブルガム・ブラザーズのブラザー・コーンさんのいるチームに助っ人として入ってくれないか、本気でやってくれと声を掛けていただきまして。
それに出演したら今度は『元気が出るテレビ』からもお誘いがあって、遊び半分ではあったけれどそのチームがアイドル的に人気が出て、そのままタレント活動をするようになったんです。
『ポンキッキ』とかスポーツバラエティでタレントさんと対戦したりとか……。バスケで仕事ができてお金になるならと喜んでいたら、MCの仕事もするようになりまして。ヒップホップの曲をかけながら実況をすることで喋りの勉強にもなっていたんですが、そのうちバスケの仲間たちで芝居をすることになって、『七人のおたく』という映画の監督である山田大樹さん演出の作品に、最初はスタッフとしてかかわるようになったんです。小道具を作ったりしていたら、ある日、主役が稽古を休むので代役をやれと言われて二日でセリフを覚えて臨んだら、皆さんから異常に褒められまして。“俺、出来るんじゃないかな”という勘違いが始まっちゃったんですね。根拠のない自信が(笑)。
そうこうしているうちにバスケのアイドルグループが解散することになり、最初の事務所に入れていただいて、半年後に戦隊ものの『激走戦隊カーレンジャー』という番組のオーディションに受かったのが本格的な俳優スタートでした。今みたいにイケメンの登竜門的な番組になる前で、とにかく東映の厳しい現場でしごかれましたね。運動はできてもアクションは知らなかったので、撮影期間中にできるようになろうと、変身後を演じるアクション俳優さんたちの動きを研究しました」
――そのアクションを披露する場はあったのですか?
「当時、後楽園ゆうえんちでショーをやっていて、2か月くらい、多いときは一日6回公演していました。3000人入る野外劇場で、ジェットコースターに僕の演じるレッドが乗ってきて、怪獣を撃って登場するという演出で。毎回3000人相手に握手会とかもやっていました。ファンは子供、それも僕らの時は“等身大の正義”というテーマがあってコメディタッチの路線だったので女の子のファンが多かったですね。今から思えば“子供は見て分かったのかな?”と思えるくらいシュールなコメディ・シーンも多かったけど」
――オーディションでは“コメディ・センス”が問われたのですね。
「そうですね。もともと、僕はお笑い志向といってもいいくらいお笑いが好きで、子供のころから『お笑いスター誕生』という土曜の番組を、友達とも遊ばずに必ず見ていました。
オーディションでは、最初は“お前を許さない!”的なヒーローの台詞を言わされていたのが、半年ぐらい続くうち、課題が“カップラーメンあと3分したら食べられるのに、今、出動?”みたいなお笑いの台詞に変わってきて(笑)、この役は自分向きだ、もしかしたら受かるかな、と思えてきたんです。仕事って本当に運と縁なんですよね」
――岸さんの個性を見てそういう作風になったのではなく?
「ではなく、そういうコンセプトで始まったんです。東映の戦隊シリーズは長い伝統があって僕らの『カーレンジャー』で20作目なんですが、それまでは正統派の内容だったのが、新しく起用されたプロデューサーが“子供たちが今、求めているのは笑いだ”とおっしゃってお笑い路線をやってみることになったんですね。僕と大阪出身の福田佳弘という俳優が半年間ずっとオーディションに呼ばれていて、実は僕ら二人は決まっていたけれど、あとの3人がなかなか見つからなかったそうなんです。
撮影は1年間でしたが、フィルム撮影でしたのでアフレコの勉強にもなったし、今でいうCDドラマ…当時はカセットテープでしたけれど…を作るために声だけで演技をする機会もありましたし、歌が好きだったので挿入歌を歌わせていただいたら、“歌えるね”ということでドラマ入りのクリスマス・アルバムを出させていただけたり、遊園地で大人数を前に演技をしたりと、いろいろな経験をさせていただけました。あの一年があったからこそ今の僕がある、と思います」
人生を変えた『レ・ミゼラブル』との出会い
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
「小さなころから、それこそヒーローものの主題歌が大好きでよく歌っていました。大人になってから知ったんですが、実は母が結婚前にジャズ・シンガーをしていて、『ヒットパレード』という番組でザ・ピーナッツと共演していたこともあったそうなんです。そういう血筋もあるのかもしれないですね。あと、さきほどお話したいとこのお姉ちゃんの影響で、キッスやエアロスミスなどのロックが好きでした」
――その美声はもともとですか?
「美声だなんて思っていませんが、『カーレンジャー』の時に、ふだんはおちゃらけていても変身の時の声だけはかっこよくやろうと思っていて、いろいろ練習していたら、“いい声だね”と皆さんに言っていただけまして。それがきっかけで、自分の声というものに気づきました」
――その後ミュージカルに出演されるようになったきっかけは?
「戦隊ものに出たことでアニメの声優の仕事が増えた中に、『こち亀(こちら葛飾区亀有公園前派出所)』というアニメの、ゴルゴ13ばりの“ボルボ西郷”という準レギュラー的な役を担当していたら、その舞台版にも出演することになり、それが限りなくミュージカルに近い歌入り芝居だったんです。やっているうちに、共演のミュージカル経験者の方たちから“背も大きいし、声も出る。頑張れば歌もうまくなるぞ”と、ミュージカルを勧められたんです。
当時は声優の事務所にいたんですが、社長がある日『レ・ミゼラブル』のオーディションの新聞広告を出して“チャレンジしなさい”と言ってくれたんです。アンジョルラスで受験したら、アンサンブルで合格でき、それがきっかけでミュージカルへの道が開けました。2003年の公演のために2002年から10か月間、「エコール・ド・レ・ミゼラブル」といって歌、ダンス、芝居の基礎レッスンが週2,3回あって。僕にとっては知らないことも多かったので、大いに勉強になりました」
――初のミュージカル、いかがでしたか?
「演出しかり、音楽しかり、本当によくできた作品だなあと思いました。関われて嬉しかったし、これに携わるためにそれまでいろんな経験をしてきたんだなと思えました。稽古中はジャン・バルジャンの稽古場代役に指名していただいて、楽譜も読めない、ミュージカルというものを知らないところから必死にくらいついたことで、翌年のコンサート・バージョンでアンジョルラスのオーディションを受けることが出来たんですよね」
――アンジョルラスはヒロイックで、気持ちのいいお役ですよね。
「え~、そんな風に思ったことないです! でも武器を持って戦うという意味では、(戦隊ものでデビューした)僕が通るべくして通った道なのかもしれません。僕が演じたアンジョルラスは悲観的な部分は少しもなく、意気揚々と戦って国のために死んでいきましたが、戦隊をやっているときにも思ったけれど、ヒーローというのは自分が意識するものではなく、他人が“あの人はヒーローだ”ととらえるものだと思うんですね。アンジョルラスも、自分がヒーローだとは思ったことはなくて、“死ぬために戦う”的な美学を持っていたわけでもない。あくまで“生きるために”戦っていた、と思うんです。
アンジョルラスをやるときには今より6キロくらい絞っていましたが、3期目のころは37歳ということもあってか、演出のジョン・ケアードから“君がやっていると貫禄があって革命が成功しちゃいそうだから、もうちょっと弱弱しくやってくれ”と言われたこともありました(笑)。アンサンブル出身なので誰よりアンサンブルの気持ちも分かっているつもりで、よく言われるような“カリスマ”的な大仰な存在ではなく、みんなをひっぱっていくリーダーになりたいと思っていましたね」
――その『レ・ミゼラブル』、来年はジャベール役で復帰されますね。
『レ・ミゼラブル』本邦初公開!岸さんのジャベール扮装写真 写真提供:東宝演劇部
よく、バルジャンとジャベールは光と影と言われますが、僕は両方が光だと思うんですね。影はあえて言うならテナルディエ。ジャベールをヒール的にとらえている方もいらっしゃるかと思いますが、彼こそが正義、彼こそがヒーローだと思っています」
――新演出ではジャベールの泥臭い面が打ち出されていますよね。
「昨年は出演できなかったのが悔しくて、観るところまで気持ちがいかなかったんです。噂には聞いています。でも旧演出のジャベールは僕の中ではちょっと違和感があったんですよね。ジョン・ケアードいわく、『スターズ』はバルジャンへのラブソングだということで、皮肉なのかもしれないけれど、ロマンチックな作りだったんですね。僕がもし歌うとしたらそういう風には作らないだろうと思っていました。もっと人間的な面を打ち出すのではないかな。やってみないとわからない部分もありますけれど」
夢の一つは「ミュージカルとスポーツの架け橋」
――最近のお役では、『モンテ・クリスト伯』で主人公を助ける元海賊ジャコポ役が印象的でした。『モンテ・クリスト伯』写真提供:東宝演劇部
――『next to normal』のヒロインの夫、ダン役も「いい人」でしたね。
『next to normal』写真提供:東宝演劇部
――素敵にキャリアを重ねていらっしゃいますが、今後のビジョンとしてはどんなものを抱いていらっしゃいますか?
「僕は何の看板も持っていないんです。どこの劇団出身でも音大出身でもなく、縁と運と皆さまの力で、これまでやってこられました。そんな僕ですが、“TSのファミリー”ではあり続けたいです。“あの人、TSの役者だよね”と言われるほど、TSミュージカルファンデーションに関わり続けていきたいですね。
他にも、『レ・ミゼラブル』ではバルジャンができるまでになりたい等、まだまだ、夢はたくさんあります。ミュージカル俳優としてテレビに出る機会があれば出たいですし、例えばサッカーやWBCの試合で国歌を歌ったり、NBAの試合で解説が出来たりしたら嬉しいですね。そのためにミュージカル俳優としてたくさんの作品に出て、いい舞台を作りたいですし、勉強していきたいと思っています」
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戦隊ヒーローとして華々しくデビューしながら、ミュージカルの世界ではアンサンブルから一歩一歩、堅実にキャリアを積み重ねて来られた岸さん。デビュー以来、ヒロイックな役柄を多く手掛けるなかで育まれた独自の英雄観=人のあるべき姿は、彼の芯として、演じる役々をさらに人間臭く、魅力的に見せているようです。
そんな彼に打ってつけの、「軍人としての正義感」と「私人としての優しさ」の板挟みとなる今回のフェルナンド役。彼の苦悩を滲ませながらも、岸さんは物語を力強く牽引してくれることでしょう。フェルナンドやエヴァたちの「家族探し」はどこへ辿り着くのか。そしてフェルナンドの秘めた愛はどう示されるのか。「気になる」舞台はもうすぐ、開幕です。
*公演情報*『familia~4月25日誕生の日~』11月29~30日=兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール 12月5~16日=東京芸術劇場プレイハウス 12月20日=まつもと市民芸術館主ホール
*次ページで観劇レポートを掲載しました*