山崎育三郎 86年東京生まれ。子役として活躍後、音楽大学在学中に『レ・ミゼラブル』マリウス役に合格。19歳でこの役を演じて以降、『サ・ビ・タ~雨が運んだ愛』『モーツァルト!(菊田一夫演劇賞受賞)』『ダンス オブ ヴァンパイア』『ロミオ&ジュリエット』『ミス・サイゴン』等、数多くのミュージカルで活躍。井上芳雄、浦井健治とのユニットStarSでは日本武道館でライブを開催。(C) Marino Matsushima
ミュージカルを観慣れてくると、公演告知を見て「この人が出ているなら安心」と思えるキャストが出て来るものですが、山崎育三郎さんはその一人。まだ28歳という若さながら、“絶対的”という言葉はこの人のためにこそ、と思わせる安定した歌唱力、演技力を備えた、“花も実もある”俳優です。
その彼が24歳で巡り合い、菊田一夫演劇賞を受賞するほど絶賛されたのが『モーツァルト!』。幼児期に天才としてもてはやされたヴォルフガング・モーツァルトが、社会や家族と対立しながら自らの生き方を確立しようともがき、35歳で早逝するまでを、緻密に、ドラマティックに描いたミュージカルです。子役経験もある山崎さんにとって、「過去」と折り合いをつけながら「今」をどう生き抜いてゆくかがテーマの本作には、とりわけ思い入れが強い模様。2回目となる今回は、どんな意識で取り組んでいるでしょうか。
自身とリンクし、一つになれるモーツァルト役
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部
「前回の『モーツァルト!』は、帝国劇場での初主演作品でした。帝劇といえば、ミュージカルをやっている方が皆さん目指す劇場。歌手の方にとってのNHKホールや日本武道館という位置づけです。“子供のころからの夢がかなった”喜びで、初日の前日は興奮して眠れなかったし、千秋楽では涙が止まらなかったくらい、思いの強い作品ですね。自分にとって大きな転機にもなりました」
――ヴォルフガングというお役はいかがでしたか?
「当時、僕はすごく不安でした。毎日2000人のお客様が見に来て下さるのだから、絶対体調も崩せないですし、最高のパフォーマンスを見せなきゃという思いが溢れすぎて、怖くなったんですね。そんな中で、家族にも理解されない、友人たちとの人間関係もぐちゃぐちゃになってしまったヴォルフガングが、“それでも僕はこの音楽を書きたい、僕のスタイルはこうなんだ、僕はこう生きたいんだ”ともがく姿が自分とすごくリンクして、後押しされるような感覚がありました。今できるのはこれだというものを目指して、周りにふりまわされずに舞台に立とうと思えたし、彼と気持ちが一つになれたような瞬間があったんです。俳優という仕事柄、壁にぶつかることも戦わなくてはいけないこともあるけれど、そんな時にモーツァルトの生き方が支えになってくれるんですよ」
――支えになるというのは、「彼もこんなに苦しんだのだから」という部分でしょうか?
「そうですね。例えば僕の仕事だと、何か月も連日、2000人のお客様をお迎えして、いつでもその前で歌ったり芝居をすることが出来る状態でいなくてはいけませんが、それにはかなりのエネルギーと心の準備が必要です。そのためにはどういうふうに毎日を生きていくかが大事ですが、かたや20代の男として、例えば“飲みにいきたい”というような願望もある。ヴォルフガングの場合は、自由に恋愛もしたいし遊びにも行きたいのに、常に“才能”につきまとわれて、“そんなことしてる場合じゃないでしょ、作曲しなよ”とばかりに邪魔をされる。舞台では、この“才能”が白い鬘をかぶって赤い衣裳を着た子役(アマデ)の姿で表現されるんです。この葛藤を演じながら、“そうだよなあ”と共感する部分はものすごくありました」
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部
「そうですね、やはり神様からもらった天性の作曲の才能ということなんでしょうね」
――歌詞を読む限りは「過去」の象徴にも見えます。彼は子供時代の栄光からいつまでも逃れることができない、というように。
「それもあると思います。過去の栄光と作曲の才能は、大人になっても彼の中にあるということですね」
――本作では父と彼の関係も重要な要素ですね。いつまでも父親依存から抜け出せない、大人になりきれない子の物語でもあるようです。
「それも子供の頃のイメージが強いんでしょうね。演奏旅行に出て、眼隠ししてピアノを弾いて大絶賛だったとか、この父子には二人で作り上げてきたものがあるんです。演出の小池修一郎先生からは、“亀田親子に近いものがある”と言われていました。亀田兄弟はお父さんが絶対で、お父さんと向き合ってボクシングスタイルを築いていった。モーツァルト親子にもそれに近いものがあるのでしょうね。その父に最後には“一人でやっていけ”と言われて、ヴォルフガングはとても不安になったと思います」
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部
「お父さんとしては彼が音楽家として生きていくため、きちんと収入も得て生活できる基盤を作りたかった。コロレド大司教に仕えていれば生きていけると思い、その座を守らせたがったけれど、ヴォルフガングには子どもの頃の成功体験がある。もっとこんな曲も書きたい、こんな表現もできるからこんなところにとどまっていたくない、という思いがあって父と衝突するんですよね」
――そんな彼を外に導く存在として、ヴァルトシュテッテン男爵夫人という人物も登場しますね。まるでレオポルトとの対称軸のようです。
「彼女はヴォルフガングの才能を非常に評価していて、“かわいい子には旅をさせよ”ではないけれど、彼には旅をさせたほうが才能が開花すると考え、支援した。ヴォルフガング寄りの理解者だったんじゃないかなと思います。
僕は11歳の頃から子役をやっていたんですが、気が付けば、当時いた何百人もの子役仲間で、今もこの世界に残っている人は本当にいないんです。辞めた子のほとんどのお母さんがステージ・ママで、いつも“次はこのレッスンよ”と付き添っていました。子供としては好きでやっていたつもりでも、高校生ぐらいになると“お母さんにやらされている”という思いが強くなってしまうんですよね。それでつまらなくなってやめてしまう。モーツァルト親子の問題はそれに近いものがあったのかもしれません。自分で“やりたい”というところに持っていかないと、子供は頑張れない。表現者としては“やらされている”というのはつらいですからね」
――でも、レオポルトとしては子供のために善かれと思って口を酸っぱくしていたわけですよね。
「当時は音楽家の身分が低くて、今のように自由に作曲できるわけではなかったから、なんとか自活させたかったんでしょうね。親と子、どちらの気持ちも分かるんですけれどね」
――子育てって難しい……。
「難しいですね(笑)」
*『モーツァルト!』トーク、まだまだ続きます!