『EVITA』ロンドン最新版プレビュー・レポート
稀代の“悪女/聖女”の
人生の最期に漂う儚さ
『EVITA』上演中のドミニオン・シアター。客席2000程度の大劇場だ。(C) Marino Matsushima
特に170人がかりで補修したというプロセニアム・アーチ(舞台の額縁部分)は金色の彫刻が美しく、日本の劇場ではまずお目にかかれません。観劇の際にはぜひゆとりをもって到着し、このアーチや天井装飾、2年がかりで織られたというカーペットなど、細部を堪能したいところです。
『EVITA』Photograph by Darren Bell
舞台奥から棺が現れ、その傍らには打ちひしがれるペロン大統領と弔問にあらわれた民衆、子供たちの聖歌隊が。棺の中のエバが当時は聖女ともうたわれ、「特別な存在」であったことを印象付けますが、その様子を見ていたチェがおもむろに「こいつはサーカス、なんていうショーだ」と口を開く。こうして神話と疑惑の双方に彩られたエバ・ペロンの人生が、アンドリュー・ロイド=ウェバーの流麗な音楽に乗せて語られ始めます。
『EVITA』Photograph by Darren Bell 左からペロン役マシュー・キャンメル、チェ役マーティ・ペロウ、エビータ役マダレナ・アルベルト、マガルディ役ベン・フォースター
田舎町で愛人の子として生まれ、さげすまれていたエバ・ペロンは15歳でタンゴ歌手マガルディの愛人となり、ブエノスアイレスへと上京。そして様々な男たちと「ねんごろ」になることで女優としてのチャンスを掴んでゆきます。この彼女の「最初の男」、マガルディを演じているのは12年の『ジーザス・クライスト=スーパースター』ライブ・ツアー公開オーディションで優勝し、タイトルロールを演じたベン・フォースターなのですが、彼の声はいかにも古いレコード盤から聞こえる往年のタンゴ歌手風。よくぞこの声を持ってきた!と唸らせる、絶妙の配役です。
「EVITA』Photograph by Darren Bell
現存する写真の中のエバ・ペロンは優雅な姿ばかり見せていますが、そこに至るまでにはこんな奮闘の日々があったのだと納得させる、「泥臭い」ヒロイン。オリジナル・アルバムで同役を歌ったジュリー・コヴィントンにも通じる、パンチのあるソプラノで「Rainbow High」の「私は民衆の生まれだから彼らを喜ばせるため、お洒落をして輝かなくてはいけない」といったくだりを痛快に聴かせます。
『EVITA』Photograph by Darren Bell
前ページのインタビューで作者ティム・ライスは、「(本作はエバのダークな面も批評的に描いているが)今回のプロダクションは若干彼女へのシンパシーが勝った演出だと思う」と語っていましたが、クールな表現の劇団四季版を観慣れた日本人観客からすれば、後半に子供たちが再度登場し、エビータの聖女化ムードを強調したり、病に倒れたエバをペロンが「Don’t ask anymore(劇団四季版での訳詞は「俺は知らない」)」と言った後に去ることなく始終付き添っている様子などを見ると、6割どころか8割がた、エバへのシンパシーを表した作りに見えます。また92年のマドンナ主演の映画版のために作られたナンバー「You must love me」が挿入されているのは、劇団四季版には無いだけに新鮮。
エバの最期は、彼女が横たわるベッドが一瞬囲いに覆われ、もう一度現れた時、それが白いシーツに包まれていることで表現。そこに霊となったエバが現れ、辞世の句とばかりに「lament」を歌い、名残惜しそうな足取りで去って行く……。どこか“祇園精舎の鐘の声……”と『平家物語』の一節を彷彿とさせる、人生の儚さに満ちた幕切れです。ロンドン公演は11月1日まで。ペロンの愛人、ミストレスのナンバーなどはかなり音量が絞られますので、1階前方席を選ぶとより作品に入り込みやすいでしょう。
*公演情報*
『EVITA』2014年9月16日~11月1日=Dominion Theatre