“永遠に観たい”と思わせる、幸福感溢れるアダムの
「シンギン・イン・ザ・レイン」
『Singin' In The Rain 雨に唄えば』来日公演・観劇レポート
『Singin' In the Rain雨に唄えば』撮影:阿部章仁
“原作”はミュージカル映画の金字塔とも、映画史におけるベストとも称される同名映画。ジーン・ケリーが雨の中を歌い踊るシーンは“ミュージカルを観たことがない人でも知っている”ほど有名です。ハリウッド全盛期を代表するこの映画の舞台版ともなれば、さぞや絢爛豪華たる世界が展開するのでは……と想像する人が多いかもしれませんが、実際はさにあらず。英国南東の地方都市にありながら、一流の舞台を次々に送り出すことで知られるチチェスター・フェスティバル・シアターのプロダクションによる今回の舞台は、さすが英国!と思える演劇味豊かな作りで、現代の観客を大いに楽しませてくれます。
『Singin' In The Rain雨に唄えば』撮影:阿部章仁
物語の舞台は、華やかな映画界。となればセットにはきらびやかな空気が立ち込めていてもいいところですが、今回の舞台では裸の映画スタジオがリアルに再現され、その中にカーテンやテーブルを持ち込むことで他のシーンにも利用。つまりどちらかといえば“地味”なビジュアルのなかで物語が進行し、観客は主人公たちのドラマに意識を集中。シェイクスピア劇や『二十日鼠と人間』等、主にストレート・プレイで活躍する演出家ジョナサン・チャーチの強い意図が感じられます。
『Singin' In The Rain雨に唄えば』撮影:阿部章仁
役者たちもその意向を十二分に酌み、人気演目でありがちな自己主張演技ではなく、物語における自分の役割を(歌舞伎の専門用語で言うなら)“行儀のいい芝居”で果たし、1幕は主人公が「本当の恋を知って思わず雨の中で歌いだしてしまう」というあの名場面へ、そして2幕は主人公たちが絶体絶命の窮地に陥るがちょっとした機転で救われるというラストへと、スムーズな中にも起伏豊かに、物語が流れてゆきます。
主人公を演じるアダム・クーパーは決してスター然とせず、英国的といえば英国的な過不足のない演技ですが、そこに彼本来のスター性、卓越したダンス力が滲み出て、ほどよくリアルな「スター俳優、ドン・ロックウッド」が現れています。彼が観客のリアクション(センターブロック1、2列目はかなりの濡れ率)を無邪気に楽しみながら、足先ではねる水しぶきで弧を描く「シンギン・イン・ザ・レイン」のシーンは、永遠に観たい!と思わせる美しさ、楽しさ。このシーンのためだけでも、劇場に行く価値はあります。
『Singin' In The Rain雨に唄えば』撮影:阿部章仁
また映画版ではややもすると女性差別に繋がりかねず、微妙な役どころに見える悪声のスター女優、リナが、今回は『グリース』のパティ役等で活躍するオリヴィア・ファインズの、最大限に誇張した素っ頓狂な演技によって「突き抜けた敵役」となり、観客が安心して成り行きを見守っていける点も収穫です。
『Singin' In The Rain雨に唄えば』撮影:阿部章仁
アンコールにはもう一度本水の雨が降り、全員が傘を手に、スーツ姿で踊る本作。手拍子を打ちながら、この瞬間には誰もが信じられることでしょう。アダム・クーパーもインタビューで言っていたとおり、「あまりに心が高揚すると、思わず雨の中で歌い踊ってしまうこともある。それが人間というものだ」と。