第30回とらや寄席にて
2014年8月23日、大阪市今里の東成区民センター小ホールには老若男女200名の観客がひしめき合っていた。この日は『第30回とらや寄席』。『とらや寄席』は若い頃、お笑いの世界にあこがれていたが諸事情で断念したという『季節料理とらや』オーナー、トラヤーズ高さんが五代目林家小染さんらの協力のもと8年前から主催している落語イベント。
月亭可朝をはじめ、桂小染、桂楽珍といった上方落語界の実力派がそろった
第30回記念の今回はメインゲストに上方落語界の重鎮として……そして"歌笑曲”と称するナンセンス歌謡の代名詞『嘆きのボイン』で知られる月亭可朝さんを迎えたなんともプレミアムな内容だ。
イベントは定刻どおり始まり、若手落語家の林家染八さん(演目『動物園』)、トラヤーズ高さんのケーシー高峰的なスタイルのハングル漫談という流れ。
月亭可朝登場!年齢を感じさせない現役感
クラシックギターを抱えて飄々と舞台に上がる姿は76歳とは思えない現役感。
オーラが現役ならしゃべりもまた現役。
デビュー当事に6代目笑福亭松鶴に連れられ今里新地(いわゆる花街)に毎夜のごとく通ったというご当地サービス満載の切り出しから、1971年に参院選に立候補した際に田中角栄から可愛がられた話、交流の深かった横山ノックさんのセクハラ事件に関する内情という、非常に豪華で濃厚な身内ネタの流れは圧巻。
思い出話のみならず、ビビッドに時節を見極めた「今の婚姻法は生物学上の父母よりも戸籍上の父母を優先している」というフリから始まる夫婦の浮気ネタや「大阪はタワーの高さでは東京に負けるけど刺青入れてる公務員の数では負けへん」という大阪自虐ネタからは個人的に可朝さんの尽きない反骨精神、スケベ魂を感じた。
『嘆きのボイン』と『出てきた男』
可朝さんの舞台は漫談だけでも満足できるクオリティーなのだが、盛り上がりの絶頂はやはり歌。今回披露してくれたのは大ヒット『嘆きのボイン』とファーストシングル『出てきた男』の計2曲。
1969年リリース。1970年代前半にかけて80万枚以上を売り上げるロングヒットとなった
と笑いながら、それでいて原盤に忠実に丁寧に歌う姿はまさにスターのそれだった。
「ボインは~赤ちゃんが吸う為にあるんやで~♪」(『嘆きのボイン』)
「そら、危ないでぇ~♪」(『出てきた男』)
文字の媒体なので曲のフィーリングを伝えきれないことが残念だが、ご存じない方には是非とも聴いていただきたい名曲だ。
それにしても落語や漫談という伝統芸能まで取り込んでしまう歌謡曲の懐の深さよ。
反骨精神×サービス精神=パンク
ご本人が自覚していらっしゃるかどうかは別にして……彼の経歴や逸話から読み取れる、安易な流行やうつろな社会感情になびくことをよしとしない反骨精神と、不幸ごとや不謹慎なことまでノリで笑いに変えてしまうサービス精神との共存は非常にパンキッシュ!まるでセックスピストルズのジョニー・ロットンのようなパンキッシュさだ。パンキッシュという言葉がしっくりこなければ”粋”と言い換えてもいいだろう。
「昔の芸人は格好よかったなぁ」というのは回顧的なオヤジの繰言みたいで新鮮味に欠ける台詞だが、現代にはびこる米つきバッタのようなテレビタレントや中二病のたわごとみたいな歌しか歌えない歌手たちに比べると可朝さんのスタンスは確かに格好いい。
※取材にご協力いただいたトラヤーズ高さん、季節料理とらやさんに感謝いたします