『アルジャーノンに花束を』
9月18~28日=天王洲銀河劇場、10月16日=福岡市民会館、10月18日=サンケイホールブリーゼ
『アルジャーノンに花束を』
【見どころ】
32歳になっても幼児なみの知能の青年が「みんなとともだちになりたいから」と、“賢くなる手術”を受ける。手術は成功、青年は優秀な頭脳を持つに至るが、それまで親切だった周囲の人々は彼を煙たがるようになる……。
1959年にダニエル・キイスが発表した傑作小説を日本で初めてミュージカル化、好評を博した『アルジャーノンに花束を』が、8年ぶりに再演。初演と同じ浦井健治さんが主人公チャーリィ役を務めます。(本作に関するコメントを含めた彼のインタビューはこちら)。物語上重要な存在であるネズミ“アルジャーノン”が、ダンサーの踊りによって抽象的に表現されるのが舞台版の趣向。「人間の幸せって何なのだろう」というテーマが、浦井さんの渾身の演技によって深く印象づけられそうです。
『アルジャーノンに花束を』写真提供:る ひまわり
【観劇レポート】
登場人物の心象を丁寧に、緻密に歌と芝居で紡いでゆく舞台。序盤はネズミのアルジャーノンを抽象的なダンスで表現する森新吾さんが、後半はチャーリィも演じることで両者の運命を重ね合わせるなど、荻田浩一さんの演出には知的な仕掛けが張り巡らされています。ストレートプレイでは劇団昴が『アルジャーノンに花束を』をレパートリーとしていますが、父親との再会シーンやパン屋での仲間とのやりとりなどを観ていると、昴版より今回のミュージカル版のほうが、チャーリィの直面する状況の残酷さを際立たせているという印象。にも関わらず最後に爽やかな感覚が残るのは、舞台で生きるチャーリィの、人生に対するひたむきさに少しのぶれもないことによるのでしょう。
『アルジャーノンに花束を』写真提供:る ひまわり
「かしこくなってみんなとともだちになりたい」という純粋な動機で受けた「実験」の結果、思いがけない苦しみを経験することになるチャーリィですが、その彼が終盤、(それでも)「楽しかったような気がする」と言う。このチャーリィの本能的なポジティブさが、すべてを浄化し、観る者を鼓舞さえします。浦井健治さんの、純真さ、明晰さ、葛藤を経て再び天真爛漫さに回帰する、演技的な旅に引き込まれる舞台です。
『太陽と月とスッポン』
10月1日=渋谷WWW
『太陽と月とスッポン』
【見どころ】
『レ・ミゼラブル』等のミュージカルでお馴染みの和音美桜さん、里アンナさん、西川大貴さん出演のライブが開催されます。構成・演出はMr.レミゼラブルこと(?!)吉原光夫さん。孤独に飢えた少年が太陽や月に出会いながら旅をしてゆくという抽象的なストーリーに沿って、和音さんらがJ-POPのナンバーを歌い繋ぎます。
奄美大島出身の里さんが奄美民謡の歌唱法を活かして歌ったり、西川さんはタップを踏むなど、各人の個性を発揮しつつ、吉原さんの(意外に?)繊細な世界観が一夜限りのライブで描かれる模様。会社帰りの方々も来場しやすいように、と当初より繰り下げて19時半の開演となったそうです。
『道化の瞳』
10月5~25日=シアタークリエ、11月1~3日=サンケイホールブリーゼ
『道化の瞳』写真提供:東宝演劇部
【見どころ】
玉野和紀さん作・演出の人気ショー「CLUB SEVEN」の2005年公演の1コーナーとして演じられた物語が、12年にフルステージ・ミュージカル化。大評判となった舞台の待望の再演が、このほど実現しました。
舞台はとある病院。白血病の少年・健一が周囲の人々との交流を通して、彼がこの世で一番好きな人のためにある決意をするまでの過程を、少年が描いた絵本の物語を織り込みながら描いていきます。主人公役の屋良朝幸さん、彩吹真央さん、保坂知寿さん、そしてもちろん玉野和紀さんらオリジナルキャストに加え、今回は心優しい主治医と劇中劇の道化を梶原善さん、医師役で坂元健児さんと畠中洋さん、看護師役で上口耕平さんらが初出演。名うての芸達者たちが、とびきりの「心洗われる」ミュージカルを見せてくれそうです。
『道化の瞳』写真提供:東宝演劇部
【観劇ミニ・レポート】
1幕は病院での健一の闘病という「現実」、2幕では健一が描いた「絵本の世界」が展開し、最後にまた病院での「現実」へと回帰するという構造。1幕では、健一が症状を悪化させてゆくなかで、心優しい医師と結果主義の経営陣との、治療方針を巡る対立が描かれます。このシビアな描写が、2幕で立ち現れる清らかな「自己犠牲」のテーマとほどよくバランスをとり、作品は「遠いおとぎ話」ではなく、「身近な物語」という前提をキープ。ここでともすれば単純な“憎まれ役”になりがちな副院長役を、保坂知寿さんがさらりと理知的に好演しています。
『道化の瞳』写真提供:東宝演劇部
保坂さんばかりでなく、溌剌とした演技で“少年”を表現する屋良さん、さりげない台詞に優しさの滲む少年の母役・彩吹さんら出演者たちは、感傷に浸らずテンポ良く芝居を進行。それによって、シアタークリエという場にふさわしい「洗練」が施されています。少年を喜ばせるため登場し、「面白カッコいい」ダンスを披露する戦隊ヒーローなど、玉野さんのサービス精神が覗くくだりもあちこちに。
2幕の劇中劇では道化たちのショーが一つの見せ場となっており、玉野さん、梶原さん、坂元さん、上口さん扮する道化衆と屋良さん演じる靴磨き少年がジャグリング、ダンスなど様々な技を披露します。“客いじり”もある無邪気なひとときですが、ここで5人の息がぴたりと合い、また観客が彼らに親近感を覚えることで、その後の玉野さん演じるチャーリーの不在の大きさ、哀しさがいや増すことに。ツボを心得た構成です。
『道化の瞳』写真提供:東宝演劇部
そして舞台は再び病院という「現実」へ。健一は飾り気のない言葉で最後の願いを語り、それがダメ押しとなって観客の涙腺を刺激。そのためらいのない直球の作りによって、本作は観る者の「素直」で「純粋」な心を呼び覚ます舞台となっています。終始下手に隠れていますが、多彩な音楽を滑らかに、表情豊かに聴かせるバンドの功績も大、と言えましょう。
*次ページで『フレンチ・ミュージカル・コンサート2014』以降の作品をご紹介します。