『ジョン万次郎の夢』
上演中~8月17日=四季劇場「秋」、9月13~28日=京都劇場、以降全国巡演『ジョン万次郎の夢』写真提供:劇団四季
土佐の漁村に生まれた少年がなぜ「ジョン万次郎」と呼ばれ、幕末の知識人たちに影響を与えるまでになったのか。14歳の時に彼の乗った船が難破し、アメリカの捕鯨船に助けられてそのまま渡米、船長の養子となって勉学に励み、日本の役に立とうと帰国。通訳として幕府にとりたてられ、勝海舟、福沢諭吉らと咸臨丸に乗り込み、再びアメリカに到着するまでが描かれます。ダイナミックな遭難シーンから、漁師たちとアメリカ人たちの、言葉が通じない中での交流をユーモラスに描いたシーン、アメリカにわたった万次郎が博愛主義と人種差別の双方を体験する過程、咸臨丸上での日米の船員の描写が象徴する、二国間の対立……と、段階を追って重いテーマが投げかけられますが、要所要所で日米のジャーナリスト役の女性4人が登場、地図も使って分かり易く解説してくれるので心配ご無用。自分の中に眠るチャレンジ精神がおおいに刺激されるミュージカルです。休憩含めて2時間5分、小学生なら十分についていける内容なので、子供、もしくは甥っ子姪っ子を連れていくのもいいかも。
『ジョン万次郎の夢』撮影:下坂敦俊
例えば遭難した万次郎たちが米国の船員たちに発見され、助け出される場面では、「How do you do?」が「はいどうどう」に聞こえて「俺たちを馬だと?!」、「Nice to meet you」が「内密」に聞こえて「(鎖国中なので)そうそう、会ったことは内密に」など、漁師たちの勘違いに大笑いしながらも、世界に出た時の語学力の必要性を痛感。万次郎が船長夫妻の養子となって米国生活を始めると、露骨に万次郎を人種差別する人間が現れ、一口に米国人と言ってもいろいろな人間がいることが分かります。その後通訳として乗った咸臨丸で日米の船員の対立を命懸けで仲裁する万次郎の姿に、異なる民族共存の難しさ、それでも最後には「心をこめた行動」が人を動かすのだと感じ入ったり。
大枠の物語は爽やかな立志伝ですが、今回の舞台は万次郎(この日の出演は田邊真也さん)、船長(この日は道口瑞之さん)らの入魂の演技によって、「外交」という大きなテーマを様々な角度から考えさせる、噛みごたえある作品となっています。世界情勢が混迷し、日本の立ち位置が問われている今だからこそ観て欲しい、「難しいことを分かり易く」表現した舞台です。
『ジョン万次郎の夢』キッズセミナーの様子 写真提供:劇団四季
その後は子供たちからの質疑応答。「装置にはいくらかかってますか?」など、容赦のない(?!)質問にも「内密だよ」と笑いながら、すべて回答してくれた舞台監督さん。そのお人柄に魅せられたママ、パパも多かったようです。こうしたイベントは随時劇団のHPで紹介。今後、劇団四季の演目を観ようかな?と思ったらチェックしてみてはいかがでしょうか。
映画『マイ・リトル・ヒーロー』
7月12日公開=シネマート六本木、シネマート心斎橋ほか
【見どころ】『マイ・リトル・ヒーロー』(C) 2012 CJ E&M CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED
『マイ・リトル・ヒーロー』「朝鮮の王」オーディションシーンより
『ヴァンパイア~愛と憎しみの果て~』
8月10~27日=Bunkamuraオーチャードホール『ヴァンパイア~愛と憎しみの果て~』
95年にプラハで初演、以来500万人を動員する大ヒットとなったミュージカル『ドラキュラ』。韓国でも既に上演され、人気を集めていましたが、この度『Jack The Ripper』や『三銃士』を手掛けてきたクリエイターたちの手で、『ヴァンパイア』としてリメイクされることになりました。3幕ものであった舞台を2幕に構成し直し、ストーリーや音楽にも手を入れるそう。時を超えて展開するドラキュラの哀しい愛が、周囲の男女を取り込み、複雑な愛憎劇として色濃く描かれそうです。主演はSUPER JUNIORのソンミンさんらK-POPスターのトリプルキャストですが、ドラキュラを追う吸血鬼ハンター役には韓国ミュージカル・ブームを支えてきたイ・ゴンミョンさんがキャスティング。舞台にいっそうの厚みが加わりそうです。
『Vampire』ソウルでのリハーサルより。撮影:Robin Kim
もともとの作品『ドラキュラ』(フランク・ワイルドホーンによる同名ミュージカルではなくカレル・スヴォボダ作曲のチェコ版)は、韓国では95年に初演されているお馴染みの作品。筆者も以前、ソウルで観ていますが、今回はタイトルのみならず内容も、結末を含めかなり変更されています。
「アジアの文化にあわせての変更」とプログラムにはありますが、最も変わったのはロマンティシズムに加えて、「ネガティブな動機からは負の連鎖しか生まれない」という重いテーマが強調されていることでしょうか。ドラキュラが吸血鬼と化すのは愛する女性を失い、世界を呪ったことによりますが、300年後、今度はそのドラキュラに恋する女性を奪われた神父スティーヴンが復讐の鬼と化し、目的のために無関係の人々を巻き込んで行きます。誠実な聖職者から悪魔へと、歌声さえがらりと変えるイ・ゴンミョンさんの、嵐を体現するかのような演技が出色。また、ドラキュラの思われ人と彼女に瓜二つのオペラ歌手を演じるチェ・ヒョンジュさん(以前、劇団四季で活躍)が、劇中オペラでは見事な美声、ミュージカルの発声に戻ると低音に情感を滲ませるなど自由自在に声を操っているのも聴きどころ。同じ製作会社の『三銃士』同様、大作ミュージカルらしい豪奢なセットも魅力の作品です。
『唄のある風景』
8月20~24日=浅草木馬亭『唄のある風景』稽古より 写真提供:オールスタッフ
“浅草オペラ”をご存知でしょうか。大正年間、当時エンタテインメントの中心地だった浅草で花開いた大衆文化で、そこではオペラ、オペレッタ、ミュージカルがごった煮的に演じられ、多くの人々に支持されていました。その中で生まれた、日本初のミュージカルと言われる『カフェーの夜』を劇中劇として織り込み、現代の音楽家と女優が語らって行くのが今回の舞台。イッツフォーリーズのメンバーたちが、“日本のミュージカル事始め”に、歌を通して迫って行きます。『カフェーの夜』の代表曲「コロッケの唄」は、実業家で帝国劇場の役員でもあった益田太郎冠者の作品。黎明期の日本のミュージカルがどんなものだったのか、体験できる貴重な機会です!(23日の公演には以前、やはり『カフェーの夜』の一部を演じたことのある今陽子さんがゲスト出演予定)。
『唄のある風景』劇中劇『カフェーの夜』
既存の名曲に影響され、なかなか自分の曲が書けない若い作曲家が喫茶店を訪れる。ウェイトレスと話しているうち次々に歌い手が現れ、歌を通したタイムトラベルのはじまり、はじまり。「アナ雪」から少しずつ時代を遡り、気が付けば大正期。ここで日本最古のミュージカルと言われる『カフェーの夜』が劇中劇として登場します。当時のナンセンス・ギャグも盛り込みながら展開するのは、男を巡る妻と芸者のバトル。と思いきや、男と妻がなれそめを思い出していい雰囲気になり、元のさやに。平成の人間からすれば微笑ましいような“ゆる~い”笑劇が、易しいオペラ調の歌に彩られて進行します。(当時大ヒットした「コロッケの唄」は、今で言うCMソング風のキャッチーな曲調)。実際に25歳だという作曲家役の小澤時史さんを筆頭に、総じて若い出演者がレトロな作品に取り組んでいるのがこの公演の妙。作品の誕生の地、浅草で“日本最古のミュージカル”をゆるりと体験することなんざ、なかなか出来ることじゃありません。観客もタイムトラベル気分が味わえる貴重な舞台、再演されることがあればぜひお運び下さい!
『ショーガール』
8月21日~9月14日=パルコ劇場『ショーガール』
1974~88年まで、福田陽一郎さんの脚本・構成・演出、木の実ナナさん・細川俊之さんの出演で、パルコ劇場にて上演された伝説のステージ『ショーガール』。大人の恋の物語を歌と踊りで綴り、良質なエンタテインメントとして多くのファンに愛されました。そのうちの一人で、「いつかは『ショーガール』のようなショーを作りたい」と夢見ていたという三谷幸喜さんの脚本・演出、川平慈英さん・シルビア・グラブさんの出演で、今回、新たな『ショーガール』が誕生! 大人のための舞台とあって期間中、ほとんどの日の開演時間は22時、上演時間は1時間です。三谷さんいわく、「福田先輩へのリスペクトを込めて、気恥ずかしいくらいお洒落な舞台に仕上げるつもり」。新たな伝説の誕生となるか?!、見逃せない舞台です。
『ショーガール』撮影:阿部章仁
開演時間は夜10時。同劇場でその前の時間帯に上演している芝居『君となら』のセット(普通の民家)が置かれたままの状態で、『ショーガール』のセットとしては似つかわしくありません。が、「まあ、ご覧あれ」とばかりに、開演時間になると妖しいコート姿の人々が、空き巣宜しく侵入……したかと思うと、やおらコートを脱ぎ、民家の戸も裏返ってミラーとなり、突如演奏がスタート。華々しく「ショーガールのテーマ」を川平慈英さん、シルビア・グラブさんが歌い、テンポよく短編ミュージカル「寂しい探偵」が続きます。謎めいた女に「夫の浮気相手を調査してちょうだい」と依頼されるが、赴いてみるとその女はどう見ても地味。調査のため接近するうちにいつしか探偵は地味な女と恋に落ちるが……。という物語が、『シカゴ』ばりのセクシーなメロディに「ここは東京、三鷹市、下連雀~」というローカルな(?!)歌詞を載せ、妙に親しみを覚えさせる音楽とともに描かれます。「地味な女は地味……じゃない」等、間をたっぷりとった後に否定形で締め、ちょっとした驚きを与えるサビが何度か登場しますが、これは日本語のミュージカルだからこそ出来る技。日本のミュージカルのオリジナリティがさりげなく示され、ミュージカルファンとしては嬉しい要素です。
物語が終わると再び華麗なるショータイム。『ウェストサイド物語』「マリア」や『リトルショップ・オブ・ホラーズ』「サドンリー・シーモア」といったのミュージカルナンバーを織り交ぜつつ、スタンダードナンバーや「恋の季節」などの歌謡曲がふんだんに登場します。しっとりと英語で歌い上げたかと思えば客席も巻き込んだ演出で大いに笑わせ、川平さんご自身による振付のダンスも見せるお二人は大車輪の活躍をものともせず余裕綽々、真のエンターテイナーです。19曲をコラージュしたメドレーを含む怒涛のようなショータイムの幕切れには、さきほどの「寂しい探偵」のエピローグが入れ込まれ、ほろ苦く終わったはずの物語が楽しく、希望のあるそれへと変換。この構成、さすがは名うての劇作家・三谷さん!と唸っているうちにあっという間のカーテンコール。濃厚な1時間でしたが全く肩は凝らず、爽やかなスパークリングワインのような味わいのこのショー、再びシリーズ化してゆく予感、そして期待は大、です!
*次頁で『VAMP-魔性のダンサー ローラ・モンテス~』『赤毛のアン』をご紹介しています*