『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』観劇レポート
“無邪気な時代”との決別をほろ苦く、華やかに描くミュージカル
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』写真提供:東宝演劇部
16歳で家出をしパイロット、弁護士、医師などと詐称、250万ドル以上の不渡小切手を乱発……。フランク・アバグネイルJr.の行動は決して褒められたものではない“犯罪”なのですが、レオナルド・ディカプリオ主演の映画版同様、本作でその顛末はどこか憎めないどころか、不思議な共感を誘うドラマとして描かれます。
作品はいわゆる“入れ子”の構造。冒頭、フランク(松岡充さん)がFBI捜査官ハンラティ(今井清隆さん)に遂に捕まり、周囲の人たち(と観客)に“僕の物語を知りたくないか?”とその半生を振り返る形で進行します。
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』写真提供:東宝演劇部
そこに浮かび上がるのが、両親が離婚し、家族の愛に飢えたことで道を踏み外してゆく彼の事情です。息子にいいところを見せようとして妄想が空回りする父(戸井勝海さん、ペーソスを漂わせ好演)と、良妻賢母であることに満足できなかった母(彩吹真央さん)にフランクは落胆。現実に目を背け、偽パイロットとして美人スチュワーデスたちにちやほやされつつ、フランクは250回以上のフライトを“タダ乗り”し、世界を飛び回ります。華やかだが、空虚な自分、空虚な日々。それを“リアルな人生”に戻す役割として登場するのが、他でもない、捜査官ハンラティです。
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』写真提供:東宝演劇部
はじめこそ単に犯罪者(追跡のターゲット)としてフランクをとらえていたハンラティですが、彼がまだ年端もいかない少年であることとその背景を知り、親心のようなものが芽生える。追って追われてという体験を通して二人の間には不思議に固い絆が結ばれ、ハンラティはフランクに生き方を諭し、希望を与えるほど絶対的な存在となっていきます。血は繋がっていなくとも、人は“家族”になれる……。アメリカ人ならではの“絆”観が、本作の太い柱。いっぽう、結婚を考えるほど愛するブレンダ(新妻聖子さんと菊池美香さんのWキャスト)を結果的にだましてしまうことになり、フランクは詐欺の罪深さを自らの恋を通して学んでゆくことにもなります。
終幕にはこれまでの“仮の世界”から“リアルな世界”へと飛び出すことを誓い、希望に目を輝かせるフランク。それは少年の無邪気な“青春時代”との決別の瞬間のようでもあり、どこか甘酸っぱい幕切れでもあります。
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』写真提供:東宝演劇部
颯爽とした身のこなしや台詞が、いかにもスマートなフランクらしさを醸し出す松岡さん。対する今井さんは、かつて『エビータ』のペロン大統領役でも見せた“当惑”の表現が絶妙です。フランクへの自分の“情”に気づく瞬間、また終盤にフランクから慕われておろおろとする瞬間に、おそらく今井さんご自身のものなのであろう人柄の良さが滲み、二人の関係をさらにあたたかく見せています。ご自身懸案(?)のビッグナンバー「ルールを破るな」は、振付はブロードウェイ版ほど激しくはないものの、インタビューで話されていたとおり終始歌いっぱなしで、目が離せません。また、この日のブレンダ役、新妻聖子さんはコンプレックスを抱えた内向的なキャラクターを的確に表現し、2幕だけの出演ながらくっきりとその存在感を示しています。
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』写真提供:東宝演劇部
全篇を覆う、ビッグバンドの華やかな音色はフランク少年の青春物語の象徴でもあり、また、まだフランクのような無邪気で突拍子もない犯罪がありえた60年代という時代へのオマージュのよう。アンサンブル・キャストがゴージャスに歌い踊るナンバーも数多く、“ほろ苦さを交えたポジティブさ”に心満たされるミュージカルとなっています。