シェーンベルクの一言が転機に
――プロフィールを拝見していましたら、今井さんは英語の専門学校のご出身なのですね。「英語の勉強をしようと思って入ったんだけど、そこの同じクラスに風早美樹さんという演劇評論家の方がいらしたんです。当時既に60歳くらいで、“おじさん、何しているの?”と話しかけたら、ミュージカルのことをいろいろ教えて下さって。家に遊びにいったら資料もたくさん持っていて、なんだかやりたくなっちゃったんですね。学校でミュージカル・サークルを作って、学園祭で『ラマンチャの男』を英語で覚えて演じたりしていました。あれが(芸の道を志した)始まりですね」
――今井さんというと、真っ先にそのお声を思い出される方が多いかと思います。生まれつきのお声なのでしょうか、それともだんだんと耕して来られたお声ですか?
「もともとこんな声で、子どもの頃から歌は好きだったけど、特に上手だと思ったことは無かったですね。それに、役者修業の最初の頃は和ものをやっていたんだけど、ずっと“変な声だ”と言われてたんです。脇役をやってると“主役みたいな大げさな声出すんじゃない”と怒られましたし。和ものの軽快な、長屋の会話みたいな芝居には向いてない、“お前は役者に向いてない”と言われて、ああそうなのかと思っていたけれど、『レ・ミゼ』に出たのが転機でした。作曲家のクロード=ミシェル・シェーンベルクから“素晴らしい声だ”と言われたのが、いまだに自分の支えになっています。“very, very, very, very nice voice”と言われたんですよ。もしかしたらみんなに言っているのかもしれないけれど(笑)。それまでそんなこと言われたことがなかったのに、世界の『レ・ミゼ』の作曲家に言ってもらえて、あれは嬉しかったですね」
――『レ・ミゼ』はやはりご自身の代表作と言えますでしょうか。
「大好きですよ。アンサンブルもやっていたから、日本ではかなり出演回数の多い俳優ではないかな。(昨年の)新演出バージョンも観ましたよ。初めての方にもとても分かりやすい演出ですよね。森とか下水道といった背景が映像で出てきて、状況がすぐ分かるし、映像がどんどん動いていって映画のような面白さがある。オリジナル版の方は、そういうものがないから、お客様が想像する。お客様と出演者が一緒に作り上げる舞台だったと思います。
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
――今井さんほど大作にコンスタントに出演されている役者さんも珍しいと思いますが、それはとりもなおさず、安定性が高いということかと思います。安定性を保つ秘訣は?
「私、作品数はそんなに多くないですよ。ほどほどです。マネージャーの腕がいいんじゃない?(笑) 安定しているという実感もないですよ。毎回、必死で必死で。ついこの間も(『アダムス・ファミリー』(関連記事はこちら)のフェスタ―叔父さんという)不思議なお化けの役でねえ……」
『アダムス・ファミリー』撮影:引地信彦
「分からないと思いますよ、でかい頭にしなくちゃいけないということで、鬘の中にいろいろ詰め物していましたし。おかげで本番中は暑くて大変でした。でも、恥ずかしがってたら観ている側も恥ずかしくなってしまうと思ったので、自分が楽しむということを最優先にやっていました」
――フェスタ―叔父さんはいわば、“いっちゃっている人たちの中でも一番いっちゃっている人”という役どころでしたね。
『アダムス・ファミリー』撮影:引地信彦
――これまでたくさんのお役を演じていらっしゃいますが、個人的に最も共感できたお役は?
「たぶん『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のハンラティになりそうですね。かなり好きですよ。長く演じたバルジャンや(『オペラ座の怪人』の)ファントムも好きでしたけれど」
――私は、ひょっとして『グロリアス・ワンズ』(関連記事はこちら)のフラミニオかな?と思ったのですが。最後のナンバーが役者さんの普遍的な心情を表しているように感じられます。
『グロリアス・ワンズ』写真提供:タチ・ワールド
――今、抱かれている目標は?
「とにかく、自分に負けないことですね。年齢とともに、台詞を覚えるのに時間がかかるとか、以前は出来てたことが出来なくなってくると、正直、くじけそうになることがあります。でも、そこであきらめたらさらに悪化するから、まだまだ若手には負けないぞ!という気持ちに戻ります。(先輩では)『ラマンチャの男』の松本幸四郎さんもますますいいお声になっていらっしゃるし、いっちゃん(市村正親さん)も頑張っている。先輩や同年代の方々の姿に触発されて、私も“よし、やろう!”といつも奮起しています」
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急遽決まった『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のキャスト変更にあたって、今井さんからこぼれ出た、「泣きそう~(笑)」というお言葉。数々の大役を務めてきたスターには似つかわしくないかもしれませんが、飾り立てることのない姿からは、常に等身大で周囲の人々と作品を創り上げてきた彼の生き方がうかがえます。作品を、ミュージカルを愛するがゆえに、関わった作品、観た作品に納得できない点があれば、容赦なく鋭い批評を口にすることも。そんな彼が「既にかなり大好き」と公言するハンラティ役、貴重な(?)ダンス姿のみならず、今井さんの人生を反映した、滋味あふれる人間像に大いに期待できそうです。
*公演情報*『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』
6月21日~7月13日=シアタークリエ 7月16日=愛知県芸術劇場大ホール 7月18~20日=梅田芸術劇場シアタードラマシティ
*次頁で観劇レポートを掲載しました!*