体にとげのあるいじめられっこの女の子「とげとげ」
海と丘のあるのどかな風景の中、1人の「女の子」、「とげとげ」が歩いています。女の子と言っても、その風貌は、人間でもない、動物でもなさそうな不思議な姿。体からは細くて長いとげが伸びています。彼女自身、自分がどこで生まれたのか誰の子なのか、自分の名前さえも知りません。村にいるのは、サル、キツネ、リス、クマ、ウサギ、モグラなど、その姿を見れば何という名前の動物かが分かる動物たち。みんなは「とげとげはくるな」「あっちへいけ」と仲間はずれにします……。ナンセンスで楽しいお話の書き手として人気の内田麟太郎さんと、この絵本がデビュー作である佐藤茉莉子さんが届けてくれる、穏やかな恋物語。理解し合い、支え合える存在の大きさを伝えます。小学生以上のお子さんや、大人にもおすすめします。
なぜいじめるのか?
確かにとげが生えている存在は、近寄りがたいでしょう。でも、とげとげは、そのとげで危害を与えるわけでもないおとなしい女の子。でもみんなは、自分たちにはないとげがあり、誰だか分からないというだけで、とげとげと話すこともしないばかりか、疎み、追い払い、陰口をたたきます。寂しくて、心が張りつめる中、とげはさらに伸びていきます。絵本の世界と離れて、現実の子どもの世界でも、こういうことがあるでしょう。そして、子どもたちは、「自分と姿が違ったり、考え方が違っても、その相手をのけ者にするようなことがあってはいけない」と教わって育つはずです。しかし、子どもたちはやがて大人になっていく過程で、大人の世界にも、自分が認められない相手を排除しようとする人たちがいることを知ることでしょう……。
とげのある者が、とげを寝かせる時
みんなに疎まれて、「ここではないどこか」へ向かって歩き出したとげとげの前に、サルが出てきて突き飛ばす場面には、心が痛みます。その直後、とげとげをずっと見守りながら陰で見守ることしかできなかった全身針だらけのヤマアラシがサルを追い払いました。サルを追い払ってとげとげと向き合った時に、ヤマアラシの針は、体に沿って穏やかに寝ました。一方、ずっと誰にも心を開けないできたとげとげのとげは、まだ緊張して立っています。そのとげは、とげとげがヤマアラシに心を開くにつれて、いつの間にか様子を変えていきます。味方が1人でもいれば、何かが変わる
サルに襲われた時、誰も友達がいないと思っていたのに「だれかたすけてー」と叫んだとげとげには、自分を理解しようとしてくれるヤマアラシが現れました。そして、ヤマアラシにとってもとげとげは、心を開いて気持ちを伝えられる相手となりました。つらい時に強く生きていこうと思っても、1人では難しい。でも、ただ1人でも味方がいれば、乗り越えるのが難しいどん底の谷間は、越えることができる山に変わります。「1人じゃないよ、大丈夫だよ」。この絵本からはこんな声が聞こえてきそうです。その声がすべての人に向けられているような雰囲気を携え、しっとりとした余韻が残ります。