こまつ座『雪やこんこん』撮影:谷古宇正彦
“ちょっと記念に”から急転直下、必死に舞台修行
――ところで、今さんは理系の専攻だったそうですが、なぜ役者を目指されたのですか?「長い話になりますよ(笑)。もともとは物書きになりたかったんです。で、高校の時に“理系の論理的な発想を備えた文章が書けたら面白い”ってアドバイスをまともに受け、文系から理系に転身したんです。もちろん卒業後は文筆業のつもりで。にわか勉強で大学に合格はしたものの、待ち受けていたのは試練。週に3回実験をしてレポートに追われる日々。で、芝居を観るのは好きでしたので、“気晴らしの思い出作り”みたいな軽い気持ちでオーディションを受けようと。“受かったらタダで訓練できるところがいい”と思って探したうちの一つが劇団四季でした。“経験不問”の項目もありましたし、ジロドゥ作品にも憧れていましたし。
結果は見事合格。でも入団後も待っていたのは試練。だって芝居も歌も踊りもやったことが無い。“レッスンがあるので動ける服装で”と言われて行ってみたら、いきなりバレエのレッスンです。僕はといえば、スニーカーにだぼだぼのスウェット履いて、スモークの眼鏡をかけて、ちょっといかついおっちゃんみたいな格好。周りは男も女もタイツと見たこともない薄いシューズを履いて鏡見ながらうっとりしてる。“なんだこの世界は……!!”というのが、僕の第一印象でした(笑)。
しまった!と思ったけど、後の祭り。大学も辞めて親にも勘当されていたから、逃げ道は無かったんです。運動には自信があったのに、レッスンで鏡にうつされる自分の姿はとてつもなく無様でしょ。正直、不安と危機感でいっぱいで、毎朝始発で稽古に行って夜まで、とにかくがむしゃらに稽古しました。そのおかげか……こんなに長くやらせてもらうことに(笑)。でも、結局は好きだったんでしょうね。踊りや歌もやればやるだけ、面白さが分かってきて、レッスンも苦痛ではなかったです」
――ジロドゥの芝居を演じるという夢は叶ったのですか?
「それが、一作品も関わってない(笑)。でも僕『エクウス』『ハムレット』などのストレートプレイには関われました。それらの作品で(劇団四季創立メンバーの一人である)日下武史さんとご一緒できたのは貴重な財産です。高校生の時、人生で初めて観た芝居がジロドゥの『トロイ戦争は起こらないだろう』で、“この俳優さん凄いな”と思ったのが、エクトールを演じていた日下さん。入団後も日下さんの演技に憧れ、共演中には本当にいろいろなことを教えていただきました」
「人生」と「役」を融合させながら、少しずつそぎ落としていきたい
――日下さんには私も以前お話を伺ったことがありますが、台詞のキャッチボールを大切にされている、職人的な役者さんだと感じました。「日下さんには怒られるかもしれませんが、僕も(その姿勢は)どこかで継承しているのかもしれません。役を“演じる”のではなく、その瞬間を“生きる”ということを体現してくれていましたから。技術と情熱のバランスについてしてくれた話も、歳を重ねるごとに沁みて来ています。経験や年齢を重ねることは、役者にとっての宝物だって最近強く感じます。若いうちは人生経験もなくてぺらぺらだけど(笑)、経験を重ねていくと想像力が実感を伴ったものに昇華していきます。重ねた人生の分だけ余分なものをそぎ落として、ある意味人生をまとって、表現としては裸になっていく。そこに現れるものは人それぞれ違う表現の個性や品に繋がって行く。そう思うと、歳を重ねていくのが楽しみでならないんです。まぁ、自らの人生を受け入れる覚悟も必要になりますけど」
――これまでで特にご自身にとって重要な経験だった作品は?
「出演してきた作品や役は子供みたいなものだから、貴賤なくすべて大切です。ただ、この世界を志したきっかけでもある、ストレートプレイという言葉だけの世界は刺激になります。ミュージカルでは、歌や踊りでダイレクトにお客様の感性に伝えることが出来るし、曲・振付・ビジュアルといろんな面で役のヒントをたくさんもらうことができます。ところがストレートプレイでは振付も譜面もありませんから、ゼロから言葉だけを頼りにキャラクターを立ち上げないと、地に足をついて立っていられない。
もちろん、ミュージカルだってまず芝居を大事にしていないと、“歌って踊る(だけの)別物のジャンル”になってしまう危険性を大いにはらんでいます。歌や踊りといった技術は、時として役者が芝居の部分を疎かにしても情熱を表現できてると勘違いをさせるエネルギーを持っているんです。でも、あくまで役のベースにあるのは芝居です。まず“芝居”があった上で歌や踊りという技術が加わるからこそ、ミュージカルはよりエネルギーを増幅した、ダイナミックな表現になりえるのだと思います。
日本では、ストレートプレイとミュージカルは別物という印象を持たれがちです。(ミュージカルの興隆によって)40歳、50歳を過ぎても歌ったり踊ったりできる人材が増えてきた今は、非常に大事な時期だと思います。ミュージカルが、歌や踊りと言った技術を利用しながらも、人生の機微を表現できる演劇ジャンルとして確立されていくためにも、僕たちの世代は芝居に力を入れていくべきです。ストレートプレイとミュージカルをもっと行き来して経験を増やしていきたいし、そのことで“別物”の壁を壊す“礎”のひとりになりたいと思っています」
――好みとしては、どんな作品がお好きですか?
「これははっきりしていて、“人”がいる作品です。劇的な出来事や事件ではなく、まず“生きている”人がきちんと描かれていて、その機微の向こうにテーマが見えて来る作品が僕は好きです。派手な事件や英雄伝より、どんな人でも抱く心の揺らぎや生き様が丁寧に描かれている作品のほうが説得力があるし、感情移入できるものです。例えば井上ひさしさんの戯曲などは、普通に暮らしている庶民たちが大きな事件や時代に巻き込まれ、悩みもがきながらも前を向いて歩いていく姿を描くことで、メッセージが深く訴えかけてきますよね」
――井上ひさし作品は『雪やこんこん』で経験されましたね。
『雪やこんこん』撮影:谷古宇正彦
日本発ミュージカルへの夢
『ちぬの誓い』
「大変ですよ。でも、やるしかないんです(笑)。音楽や振付が状況をきちんと説明してくれているので、そこをきちんと押さえていれば、言葉がなくても伝わる部分も多いと思います。
ただ、できるものならもっと日本語で作ったミュージカルを育てたいという気持ちは膨らんでいます。これまで素敵な翻訳ミュージカルにたくさん参加させてもらって、それは大事な財産です。でも、日本発で、いろいろ実験しながら日本人の感性や文化や生活に合っているものも創れたら嬉しいですよね。僕たちにしかできない、説得力のある作品がもっと生まれてもいいんじゃないかな。そういう意味で、TSはオリジナルミュージカルを作り続けているカンパニーとして、貴重な存在です。先日も、ある製作のかたと、ワークショップを定期的に積み重ねて、トライアルをやっていろんな可能性を試したうえでの作品創りをしたいって話をしました。時間も資金も先行投資と考えて、最終的に長く残って行くような作品創りが大切なんじゃないかって。そんな作品創りをしていかなきゃって。……あれ、夢を語るインタビューになってしまったけど、大丈夫ですか?(笑)」
はい、もちろんです!
今さんと言えば、筆者にとっては『李香蘭』の王玉林役――信念を曲げずに行動する、清廉な青年像――が強烈に印象に残っていますが、実際お会いしてみてこれほどイメージを裏切らない方も珍しいというほど、まっすぐで包容力のある方でした。若手キャストの多いカンパニーに「兄貴分」として引く手あまたであるのが頷けます。その彼の夢の実現にとって、恰好の場の一つである今回の『ちぬの誓い』がどう仕上がってゆくか、まずは3月の開幕を楽しみに待つとこととしましょう。
*公演情報*
『ちぬの誓い』
■劇場:東京芸術劇場プレイハウス
・公演日程:2014年3月21日(金・祝)~3月31日(月)
■劇場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
・公演日程:2014年4月5日(土)13:00/18:00、4月6日(日)13:00
*次ページに『ちぬの誓い』観劇レポートを掲載!*