絵本/絵本関連情報

命の連鎖を訴える絵本『星になった鮭』

海から故郷の海に帰ってきた鮭は、卵を産み落としたあと命絶え、我が子たちの成長を見届けることはできません。そんな鮭にお話の中だけでも、自分が産み落とした卵からかえった子どもたちが、成長して元気に海に旅立つ姿を見せたいという思いから生まれた物語です。鮭の一生を温かく見守る絵本が、命の連鎖を力強く訴えます。

執筆者:千葉 美奈子

力尽きた鮭に我が子の成長を夢見させる『星になった鮭』

川で卵からかえった鮭の子どもは、故郷から旅立ち、遠く離れた外国の海で成長します。やがて、広大な海から故郷の海に帰ってきた鮭は、傷ついた体で必死に卵を産み落とします。最大の仕事を終えた鮭は力尽き、我が子たちの成長を見届けることはできません。そんな鮭の最期を「悲しいことだ」と感じた作者。鮭にお話の中だけでも、自分が産み落とした卵からかえった子どもたちが、大海原に向かって元気に旅立つ姿を見せたいという思いから生まれた物語です。鮭の一生を温かく見守る絵本が、命の連鎖を力強く訴えます。

 



故郷を目指す鮭の一生

鮭が故郷の川から遠く離れた海で成長し、いずれ戻ってくることは、よく知られています。この絵本に出会い、鮭の一生についてより深く知りたくなりました。水産・食品事業のマルハニチロホールディングスのサイト「サーモンミュージアム」によると、2~8年ほど海で育った鮭は、故郷の川へ戻り始めます。なぜ遠く離れた海にいた鮭たちが故郷の川にたどりつけるのかについては、故郷の川のにおいを頼りにしているという説も。群れをなして川を遡った鮭は、オスとメスでつがいとなり、川底に産卵するための巣を作り、卵を産み落としますが、この巣作りはオスが担当するそうです。卵を産んだ鮭は力尽きて死ぬのが一般的で、赤ちゃん鮭は、翌春になるまで巣で外敵から我が身を守りながら成長し、来るべき大海原への大冒険に備えるといいます。


当然の自然の摂理

このように、実際には卵を産み落とすと間もなく死んでしまう鮭ですが、作者はお話の中で、冬の間鮭に子どもたちと一緒に過ごさせ、春の旅立ちを見守らせました。

自然の中の全ての鮭が故郷に戻れるわけではありません。故郷に戻った鮭が皆、卵を産めるとも限りません。卵からかえっても、冬を超えて春を迎え、大冒険に出発するまで無事でいられない子どもたちもいるでしょう。そして、鮭の親の多くも、長旅で傷ついた体で力尽きる中で、他の動物たちの生きる糧となって消えていきます。それは当然の自然の摂理、食物連鎖と言ってしまえば簡単ですが、作者はその鮭の一生の中に、親子の愛を想像し、親が子の成長と旅立ちを見守る物語にしました。


鮭を「かっこ悪い」と言った子どもたち

お話の中で、全身全霊を込めて産み落とした卵を敵の魚から戦い守った鮭の体は、ボロボロに傷つき、目もよく見えなくなっていました。そんな鮭の姿を見た人間の子どもたちが「汚い鮭だなあ」「かっこわるい!」とはやし立て、石を投げつけるシーンには、怒りさえわいてきます。しかし、その時私の心に浮かんだのは、大人たちがこれから続く世代に、命の連鎖を安心して享受できる環境を受け継ぐことができていないことでした。


命絶えた鮭が訴える

この絵本を読み終わると、現実では我が子の成長を見届けることができない傷ついた鮭の親も、我が子たちが様々な形で、鮭としての誇らしい一生を終えることができることを願っているのではないかという思いが広がりました。

自然の恵み、海の幸、山の幸、自分が暮らす土地やふるさとの食材を、安心して自分の血や肉にできる環境。現代の世の中は、残念ながら日本だけを見ても、そういう環境ではなくなっています。

傷ついた鮭の真剣な表情や、海の生き物たちの個性的な顔つき、場面によって色鮮やかに変わるキラキラした海の表情が奏でる物語。子どもたちが元気に海に旅立った夜、命絶え、月光に照らされ、川面に映る星とともに流れていく鮭の姿は、命の連鎖の恵みが大切にされているとは言い難い現代の人間たちの暮らしに、精いっぱいの警鐘を鳴らしている姿にも見えました。
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