2013年9月 鹿賀丈史インタビュー
『エニシング・ゴーズ』に見る“古き良き”コメディ・ミュージカルの新鮮な魅力鹿賀丈史さん、2013年9月撮影。(C) Marino Matsushima
20世紀前半を代表する作曲家のひとり、コール・ポーターらしい「ほどよいリラックス感」に包まれながら、瀬奈じゅんさん演じるヒロインは明るく華やか、名曲「Easy to love」を歌う田代万里生さんの高音は耳に心地よく、上品な英国紳士役の吉野圭吾さんは終盤に目が点になるほどの弾けっぷりを見せてくれます。
最近のミュージカルにはない、ボリュームたっぷりなダンス・ナンバーも1幕、2幕それぞれにあり、ほぼ全員参加で(普通の演出ならそれほど踊らないであろう、保坂知寿さん演じるセレブママも激しく踊ります)、複雑なナンバーを歌い踊り、踊り、踊り、息も切らさずさらに歌い踊るさまは圧巻!
稽古中の鹿賀さん。いったいどんなシーンなのか、は本番で。写真提供:東宝演劇部
今回のムーンフェイス役も、とぼけた中に色気をまぶし、何気ない台詞も豊かに、面白く膨らませる台詞術はさすが(例えば終盤、台本には「何のカードか見て。……じゃ代わりに引いとくよ」と何の変哲もない台詞がありますが、これを鹿賀さんがおっしゃると、実に味があるのです)。
今回は稽古直後の取材。開口一番、「今、稽古をご覧になったから、あとはテキトーに書いておいてください」と笑わせてくれた鹿賀さん、ムーンフェイスはかなり地に近いのかも?!
シンプルかつダイナミックな、80年前の傑作コメディを演じる楽しさ
――通し稽古は今日が初めてだったそうですが、手ごたえはいかがでしょうか?『エニシング・ゴーズ』写真提供:東宝演劇部
――春に英国で同じコール・ポーター作曲の『上流社会』を観まして、彼の作品には意外な難しさがあるのかなと感じました。演技派の方々が演じていたのですが、熱が入りすぎてポーターのお洒落で軽やかな曲調とは違う方向に行っていたのです。でも先ほどのお稽古では、鹿賀さん、瀬奈さんはじめキャストの方々がさらりと演じていらっしゃり、音楽ともぴったりでした。こういう空気感は、皆さんで相談されて作っているのでしょうか?
『エニシング・ゴーズ』写真提供:東宝演劇部
――コメディですから、台詞の間合いも大切そうですね。
「難しいですよね、帝国劇場は2000人近い劇場なので、よっぽどニュアンスを出してはっきりしゃべらないと、聞き取れなくなっちゃう可能性があるので、それは注意してやりたいと思いますね」
――喋りということで思い出したのですが、以前演じられた『シラノ』に、ものすごく歌詞をつめこんだ早口のナンバーがありますよね。そういうナンバーはたいてい“よく聞き取れないけれど雰囲気がわかればいいのかな”で終わってしまうのですが、鹿賀さんの歌唱では歌詞が全部聞き取れ、強く印象に残りました。
『シラノ』 写真提供:東宝演劇部
――話は戻りますが、今回のムーンフェイスというお役は謎めいたキャラクターですね。どの程度作りこんでいらっしゃるのでしょうか?
「ムーンフェイスというキャラクターは、なかなか難しいですね。危険なギャングリストの38番目に乗ってるという設定で、マシンガンも持ち歩いてはいるんですが、それで本当に人を殺そうとしたりと言うシーンは一切出てこなくて、先ほどご覧になったように、本当にくだらないところでしか出しません(笑)。(←注・ドリフターズ的な、かなり笑えるシーンです)。どちらかというと気が弱く、何かあると最終兵器としてマシンガンで脅せばいいと思っている人、そういうふうに僕は考えています」
『エニシング・ゴーズ』写真提供:東宝演劇部
「そうですね、ムーンフェイスはちょっと異質な存在かもしれないですね。狂言回しではないのですが、ふっと芝居の隙間に顔を出してきて、空気を和ませたりとか、いいことを言ってみたりくだらないことをやってみたり、そういう役回りだと思いますね」
――細かい部分ですが、恋する若者を励ますナンバー『青い鳥のように』で、台本には「歌」とある箇所を、「夢」と歌っていらっしゃって……。
「そうそう、それはね、間違えちゃったの(笑)。さっきダメ出しされました。ここは“いつも心に歌を持とうよ”という、いい歌なんですが、つい“夢”と歌っちゃって。(根が)単純なんですよね(笑)」
――てっきり、鹿賀さんのご発案で変更になったのかと思ってお尋ねしてしまいました(笑)。今回の舞台、観客の皆さんにはどう楽しんでいただきたいですか?
「コール・ポーターが1934年に書いた作品が、この忙しくなった現代にどう受け止められるかというのが僕の中では楽しみです。今回は、オリジナルの台本をほとんどカットせずに上演するので、そういう意味で見ごたえがあると思います。80年くらい前の作品の魅力、現代とはちょっと違った味わいを楽しんでいただけるのではないでしょうか。
『ラ・カージュ・オ・フォール』写真提供:東宝演劇部
不朽の名作『ジーザス・クライスト=スーパースター』『レ・ミゼラブル』のオリジナルキャストとして
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
「37歳から40代、50代とずっとやってきた作品で、これほど長く付き合った作品はないし、劇団四季を退団してから本格的に舞台に戻って出演したのがこの『レ・ミゼラブル』で、それからいろいろな舞台をするようになった。そういう意味で、僕にとってターニングポイントになったなと思います」
――ジャン・バルジャンとジャベールの二役を交互に演じたのはいかがでしたでしょうか?
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
――新演出版はご覧になっていますか?
「僕は観ていません。敢えてというわけでもないのですが、20数年間関わった作品なので、もうこれは自分の中にしまっておこうかなという気持ちです。初演からずっとやってきて、僕の中の『レ・ミゼラブル』は一応終わったといいますか。(微笑みながら)完結ですね」
――来春、『オペラ座の怪人』のその後を描いた新作『ラブ・ネバー・ダイ』に主演されますね。ロイド=ウェバー作品は『ジーザス・クライスト=スーパースター』以来でしょうか?
「そうです。41年前かな、初めて『ジーザス~』のLPレコードを聴いて、あまりの素晴らしさに総毛立ちました。それまでクラシック音楽を勉強していましたが、あの衝撃ってなかったですね。“こんな素晴らしい音楽があるのか、すごいな”と思ったのを思い出します」
――「すごいな」と思った音楽を実際に舞台で歌えてしまう人も少ないかと思いますが。
「うまく歌えていたかどうか、初演はまだ21歳ぐらいでしたからね。でもやっぱり僕の役者人生の始まりでしたし、今でも自分の代表作ってなんですかと聞かれたときには、『ジーザス~』とか『レ・ミゼラブル』とか、やっぱりそういうことになりますのでね。ふとしたときにメロディが浮かんだりしますよ、もちろん。いい作品でデビューできたな、本当にラッキーだったなと思いますね。そのロイド=ウェバーの新作という意味で、『ラブ・ネバー・ダイ』も楽しみにしています」
『ジキル&ハイド』 写真提供:東宝演劇部
「退団から36歳くらいまでは、映画やテレビの仕事が面白くて、ずっと映像をやっていましたね。それが『トーチソング・トリロジー』という、ファイアースタインが書いた面白い戯曲に出会ったのがきっかけで、舞台に戻ることになったんです。舞台って、お芝居の原点であって、そこからテレビドラマとか映画といった映像メディアに繋がってゆくような気がします。年月をかけて書き込まれた作品を1か月以上稽古して本番となる。関わっている時間が長いものですから、自分との密着度、体の中に染みてくるものが大きいので、飽きるということはない。そのへんが舞台の面白さなのかと思います」
――これまで、「これは冒険だ」と感じた舞台はありますでしょうか?
「今回なんか冒険ですよ。年を取ってきますと、反射神経なんかが鈍ってきたりもします。でも一つ一つ冒険に挑んでいくことが、ミュージカル俳優として自分のやるべき仕事なのかなと思いますね」
――今年で芸能生活40周年とのことですが、振り返ってどんな40年でしたでしょうか。デビュー以来、常に第一線で活躍していらっしゃる秘訣は?
「そうですね、早かったような気もしますし、よく40年続けられたなというのが正直な実感ですね。続けるコツというのは、それはその人の努力であったり運であったり……。やっぱり、巡り会わせでしょうね。演出家やスタッフという、人とのめぐり合わせ。そして作品とのめぐり合わせ。そういう意味で40年も続けて来られてラッキーだなと感じます」
――素質があってもなかなか運が巡ってこないという若い方もいらっしゃるかもしれませんが、アドバイスをいただけますか?
「僕の場合は、芝居をやっているなかで、それをご覧になった方、例えば演出家の方から声を掛けていただいたりということが多かったように思います。まずは人との出会いがあり、そこから面白いものが生まれれば、またそれが次につながっていく。その時、その時やっていることに一生懸命取り組めば、誰かが観ていてくれるかもしれない、ということですね」
――今後はどんな鹿賀丈史さんが拝見できそうでしょうか?
「そうですね、70歳になるとちょうど東京五輪が……あ、これは関係ない?(笑) いやいや、70歳になると今とはまた違った役者になっていると思いますし、楽しみが多いですね。何がやりたいというより、これから生きて行けば自分にはどんな芝居ができるのかな、という楽しみの方が大きいです」
――70歳でまた、ムーンフェイスを?!
「ははは。70になってもミュージカルができたら素敵ですよね」
飄々としてユーモラス。思わず“ムーンフェイス役は地かしら”と思わせる鹿賀さんですが、お話のそこかしこに、俳優というお仕事への毅然とした姿勢、そして信念が覗きます。むしろその素顔は、ヒロインへの愛を死の間際まで秘め続け、瀕死の状態でもなお「肘掛椅子に座って死ぬなんてごめんだ」と仁王立ちになった“心意気の人”、『シラノ』のほうが近いのかも。7年後の再登板に向け(?!)、まずは今回のムーンフェイス役に期待しましょう!
制作発表記者会見にて。(C) Marino Matsushima