からすのパン屋さんに4羽の赤ちゃんが誕生!
たくさんの木々が生い茂る「いずみがもり」に、からすが営むパン屋さんがありました。そのパン屋さんの家に、4羽の赤ちゃんが誕生しました。白、黄色、赤、茶色の体をした赤ちゃんたちに、からすのお父さんとお母さんは、「オモチちゃん」「レモンちゃん」「リンゴちゃん」「チョコちゃん」と名付けました。嬉しくて嬉しくて、パン屋の仕事のかたわら、赤ちゃんたちを夫婦協力して大切に育てます。イクメンパパとワークライフバランス
おとうさんがらすは、朝早くからパンの仕込みを始めますが、赤ちゃんたちが泣き出すと飛んで行ってあやしたり抱っこしたりするので、黒焦げパンや半焼きパンができてしまいます。おかあさんがらすも、赤ちゃんが泣くたびに掃除を中断しておっぱいを飲ませたりおしめを取り替えたりするので、お客さんを待たせたり、お店が散らかったままになることが増えてきました。そんな状況を反映して、パン屋さんに来るお客さんたちは、次第に減ってきました。経営にも大きなダメージが出てしまいます。お店が傾いて貧しくなっても、4羽の子どもたちは、腕白に元気に成長します。次第にパン作りも手伝うようになり、子どもたちのアイデアで焼いた80種類を超える様々な形のパンが、森のからすたちに大評判。噂が噂を呼んで、お客さんたちに整列と個数制限をお願いするほどの混雑ぶりを引き起こします。
仕事と育児の両立に頭を悩ませるお母さん、お父さんたちには、グッとくる展開ではないでしょうか。日本における高度経済成長期の終わりのころに、このような、イクメンパパとワークライフバランスの1つの形が描かれていたのですね。
てんやわんやの物語に隠れた、個々の存在と平和への思い
40年間愛され続けてきた『からすのパンやさん』。かこさんはあとがきで、からすを主題に作品を作ってきたことに大きな影響を与えたものとして、「ソビエト(現ロシア)の『モイセーエフ舞踊団』の演目の1つにある組曲『パルチザン』」を挙げています。そこにおける、兵士・農民・労働者・老若男女の一人ひとりの人物の描写が、「こころにくいまでに人間的なふくらみとこまやかさで舞踊的にえがきつくされていること」にひどく心を打たれたといいます。「パルチザン」は、外国の侵略などに対して、正規の軍隊ではない形で戦う武装勢力を意味する言葉です。ほのぼの、かわいい、楽しいなどの言葉がぴったりのこの絵本のイメージとはかけ離れていることに、少なからぬ衝撃を受けます。
あらためてページをめくり返すと、数えきれないほど出てくるからすたちの姿、表情には、1羽として同じものがありません。疎まれがちな存在のからすにも、個々の生活があり、社会が作られていることへのかこさんの温かい眼差しが、あふれるほど注がれています。
社会や、世界の大きな流れの中には、その流れに乗りきれず、消えて行ったり肩身が狭い思いをしたり、歴史の流れに翻弄されたりしながらも必死に生きていく個々の存在があります。地球全体から見たらちっぽけな存在でありながら、日々を精一杯すごしている人間や動物がそれぞれの存在を否定されない世の中の実現を、かこさんは見つめているのでしょうか。
ほのぼのとして、かわいくて、楽しい『からすのパンやさん』の魅力にひきこまれた子どもたちは、いずれ、この絵本の奥深くにある作者の思いを、それぞれの環境において考える時が来るでしょうか?
かこさんはあとがきを、「(この作品の土台を知ったうえで)もう1度からすたちの表情を見て笑ってください」としめています。長く愛され続けている魅力は、たくさんのからすたちの生き生きとした表情なのでしょう。