韓国伝統演劇スタイルで描く、ポップなおとぎ話
『恋の駆け引きの誕生』ソンファ姫(ユン・チョウォン)と召使のスニ(キム・ヘジョン)(C)アミューズ
韓国・三国時代の説話「ソドンヨ」をベースにしたストーリーではありますが、敵国同士の王子様ソドンとソンファ姫はクラブで出会うという設定で、のっけから時代を軽々超越します。ドクドクと響くビートの中で出会った二人は、はじめは遊び半分で様々に言葉を応酬。「恋の駆け引き」を楽しんでいる筈が、いつしか本当の恋に落ちてしまいます。
しかしソンファ姫には婚約者が。姫に会いたい一心の王子は、窮余の策を思いつきますが、これがさらに事態を混迷させてしまう……。
登場する音楽はポップなオリジナルナンバーから映画『炎のランナー』のテーマ曲まで多岐にわたり、台詞もスピーディーな若者言葉。弾け放題の舞台ですが、鼓手がドンッと太鼓をたたき、時代がかった口跡でナレーションを差し挟む度、芝居はきれいに“語り”の枠組みにおさまり、昔話を聞いている安堵感が広がるという作りが、まず見事です。
左からソドン王子(チョン・ソンウ)、女官(チェ・ジョンファ)、王(オ・デファン)、ソドンの従者ナミ(ユク・ヒョンウク)。ユク・ヒョンウクさんはThe Convoy Showにも出演経験がある親日家。チェ・ジョンファさんは鼓手ながら女官になったり宿の女将になったりと、舞台にも登場し、芸達者ぶりを発揮。(C)アミューズ
他の役者たちもしばしば舞台から降り、客席を往来。客いじり(交流?!)もあります。舞台と客席を自由に行き来するのは、マダン劇の特徴で、それによって観客はよりリラックスし、劇世界に容易に共感(あるいは同化)することができるのですが、そういえば、客席との交流は韓国創作ミュージカルの“お約束”。その原点はマダン劇だったのだ、とこの作品を観た方は改めて感じるのではないでしょうか。
左からソドン王子(チョン・ソンウ)、ソンファ姫(ユン・チョウォン)。チョン・ソンウさんは『スリル・ミー』等に出演の人気俳優。ユン・チョウォンさんは日本でアイドルを目指していたこともあるそう。(C)アミューズ
『恋の駆け引きの誕生』脚本、作曲、演出家ソ・ユンミさんインタビュー
――今回、日本公演のためにいろいろと手を入れられたそうですが、具体的にはどのように膨らませたのでしょうか?
「『恋の駆け引きの誕生』は、時代劇ではありますが、韓国公演では冒頭の出会いのシーンに時事ネタをたくさん絡ませ、“昔”と同時に“今”を感じられる舞台にしていました。しかしそれを日本でやってもピンと来ないと思われましたので、時事ネタはばっさりカット。代わりにダンスを入れました。また、日本ではクラブ文化が昔ほど盛んではないようなので、音楽をクラブ風というよりアイドルポップス風にアレンジしています。
ヘミョン(オ・デファン)の怒りの歌。オ・デファンさんはミュージカル『宮』で来日経験があるそうです。(C)アミューズ
――今回はマダン劇のスタイルを取り入れた舞台ということですが、“マダン劇”のエッセンスとはどんなものでしょうか?
「マダン劇の特色は二つあると思います。一つには、観客と舞台が一体になり、常に交流している点。もう一つは、舞台を客観視する立場として、鼓手が存在する点。加えて、昔はマダン劇と言えば、少人数の観客の前で行われ、観客もしばしば舞台に参加していたのですが、現在のような“劇場”の規模ではなかなか難しいので、鼓手がお客様を代弁している、ということもあるかと思います」
――今、韓国ドラマ界ではいわゆる“フュージョン時代劇”(現代的な要素を取り入れた時代劇)が流行っていますが、本作を拝見すると、その傾向がミュージカル界にも入ってきているのかな、と思われます。日本では時代劇をミュージカルにという発想は起こりにくいのですが、ソ・ユンミさんはどんな感覚で時代劇をミュージカル化しているのでしょうか?
ソ・ユンミさん。台本・作曲・演出を手掛けた他の作品に『ブラック・メリーポピンズ』ほか
ただ、私はそういった理由でこの題材を選んだわけではありません。“真実の心はいつか伝わる”ということを描くにあたって、今のリアルな世界より時代劇のほうがうまく伝わるのでは……と思い、時代劇の形にしてみたんです」
――ご自身はどんな経緯でミュージカルの世界に入ったのでしょうか?
「20代の頃は父の事業失敗などもあり、一生懸命働いてお金をためていました。30歳になって作家になりたいと思い、ドキュメンタリーを作ったり、オリンピックのプレゼンテーションの台本を作るなど、国がらみのプロジェクトに参加。そんな中で、大衆と関わる仕事をしたくなり、ミュージカルを作るようになりました」
――今後どんな作品を作っていきたいですか?
「ミュージカルという形態にはこだわっていません。自分の描きたいテーマを、どう表現するか。今回なら“真心はいつか伝わる”というテーマを表現する上で、最適と思われたメディアがミュージカルでした。“死”や社会問題など、今も興味のあるテーマはいろいろあります。従来とは違った視点で描き出すにあたって、ミュージカルを含め、どのメディアがベストか。今後じっくり練っていければ、と思っています」
*公演情報*『恋の駆け引きの誕生』上演中~2013年9月23日=アミューズ・ミュージカルシアター http://www.amuse-musical-theatre.jp/koino/