斜視手術の限界

上記では斜視手術の手法を解説しましたが、実際の斜視手術は、「これだけ後転と短縮をした場合、平均値をとれば両眼の向きがそこそこ揃う」というデータ(当院独自ではなくて、日本(世界?)共通の)に基づいて施行します。「平均値を取れば」ということは、人によって体の構造に違いがありますので、残念ながら平均値通りには行かずに大きな誤差が出てしまう方も当然いるわけです。

「先生、手術で完全にまっすぐになりますか?」「やってみないとわからないですね」「そんないいかげんな手術なんて受けられません(怒)!」という会話は、斜視の診察でよくあるパターンなのですが、眼科医としても個人差がある以上、平均値のデータに基づいて術後の保証ができるものではないので、これが正直な回答になってしまうのです。この患者さんのおっしゃる通り、斜視手術は「個々の人」に対しては、元来いいかげんなものと思われてしまうのかもしれません。

細かいところを述べると、「手術が成功しても、術後、プラスマイナス10度以内の誤差は残っても仕方がない」と考えるのが斜視手術の現状です。10度以内の誤差は、自分が本来持っている、眼を同じ向きにしようとする力で修正してください、というわけです。ですが、実際には斜視の患者さんはこの修正する力も弱いことが多く、10度以内の誤差におさまっても、納得のいく見え方や見た目にならないという不満を持ってしまうこともあります。

術前よりも見た目ははるかによくなることには違いないのですが、手術を受けるからには完璧に揃えたい!と思う気持ちが出てくるのが人情なのかもしれません。ですので、神経質な性格の患者さんには斜視手術はお勧めしません。

斜視手術後のリスク

また、手術早期は、眼の位置の変化に頭がついていかないために、物が二重に見えることがよくあります。通常時間とともに回復していきますが、1%ほどの割合で、二重に見えてしまう状態が続いてしてしまう患者さんもいます。

そして、斜視の手術は、筋肉をいじるため、眼に大きな負担のかかる大手術です。手術にはそれなりに痛みも伴います。術後の通院も必要です。また、術後にまぶたが上がりづらくなり、1%ほどの割合でそれが永続する人がいます。そのため、斜視の角度が大きくない場合や斜位の方は、眼への負担を考えて手術をお勧めしないのです。

さらに、斜視の手術は結膜、すなわち白目の表面を切ります。結膜は切ると、赤みが残った状態で治ることがあることが知られています。ほとんどの人が綺麗に治りますし、そのように点眼を処方するのが自分たちのノウハウですが、ケロイド体質の人などで綺麗に治らない人も2%程度います。また、長年斜視によって結膜が引き伸ばされたり縮められたりしているので、術後にその皮がしわになって残ることは避けられません。

また、よく知られていることだと思いますが、「術後の戻り」といって、一度治っても、また斜視になっていくことが多くあります。これに関してはいろんな先生がいろんな努力をしてらっしゃいますが、完全にゼロにすることは残念ながら無理のようです。

以上のような問題があることを了解できない人は、手術は絶対に受けないようにお願いしています。患者さんと病院が、お互いに術後にいやな思いをするだけなのは悲しいことです。

斜視手術への期待が大きかったとしたら、ここまでを読んで、少しがっかりしてしまった、という人もいるかもしれません。しかし、上記のような現状でも、斜視手術受けて喜んでいる患者さんたちはたくさんいます。最初から手術の問題点や限界を了解した上で、以前より少しでも良くなれたことを喜べる人が幸せになれる手術なのではないかと思います。

斜視手術を行う眼科医から、患者さんへの思い

現場の話になりますが、斜視手術を行うのは眼科医として非常に大変なことなのです。まず医院に手術のための専用の検査の機械(シノプト、値段数百万円)を用意し、シノプトを使っての検査に精通した検査員さんを厳選して雇用し、その検査員さんに通常よりも高額の給料を支払い、患者さんの検査に通常より長い時間をかけることになります。

手術はとても高い技術を必要とされますし、手が入りづらくて細かいところをたくさん縫うので、針刺し事故も起こりやすいのです。にも関わらず、眼科医学界では正直それほど日の当たらない仕事とされていて、手間のわりに同業者の間での評価が低く、コストがかかって儲からない、と言える治療なのです。継続的に手がけるには、非常に骨の折れる仕事とも言えます。

なので私は、斜視手術を手がけてらっしゃる全ドクターを尊敬しています。

では、斜視の手術医は、なにゆえそのようなしんどい仕事をやっているのか? それは、良くなった患者さんが、人生が変わったとほんとうに喜んでくれるから、ということに尽きます。

我々斜視の術者は、術前より少しでも良くなったら、その事を素直に喜んでくれる患者さんと一緒に喜びをわかちあいたいと思っています。

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