アイルランドの歴史とともにあった大聖堂

大聖堂

晴れた日はより美しい大聖堂

比較的シンプルなフォルムが印象的なセントパトリック大聖堂。5世紀の中ごろにはアイルランドの聖人セントパトリックがこの場所で改宗者の洗礼を行っていたとされ、その後12世紀末に現在のような石の大聖堂が建てられたといいます。今でこそカトリックの教会ではありませんが、14世紀初頭から16世紀初頭にはアイルランドで最初の大学としても使用され、かつてはアイルランドの民衆の大聖堂だったそうです。

カトリックの大聖堂であったということは、イギリスの宗教改革に巻き込まれることなしに今日にその姿を残すことは不可能だったと言えるでしょう。16世紀にヘンリー8世の宗教改革によって教会の保有する財産を没収されたり、その後アイルランドで悪名の高いクロムウェルが侵攻した際には大聖堂を馬屋として使ったりもしたそうです。17世紀後半には150年ぶりにカトリックの手に戻ってきたものの、それも長くは続きませんでした。このようにセントパトリック大聖堂は、アイルランドの激動の歴史とともにあったと言えるでしょう。

修復により残った現在の姿、大聖堂の見どころ

天井

ゴシック様式の特徴とも言える尖りめのアーチのかかった高い天井

川の支流に近いという場所柄、大聖堂には常に浸水の問題にさらされていました。また逼迫した経済状況もあり、老朽化に際して十分な修復が困難な時期もあったといいます。一時は崩壊もささやかれ、そこで1860年から半世紀以上にわたる大修復工事に出資したのがギネスの三代目、ベンジャミン・ギネスだったといいます。大聖堂の大規模な修復に関わったベンジャミンの像は大聖堂外部の敷地にあり、こちらも見どころのひとつになっています。

ギネス一族の大聖堂へのサポートは実はベンジャミンのみではありません。初代アーサー・ギネスはチャペルスクールに250ギニーを寄付、4代目のエドワードは、教会の鐘やベルタワーをはじめとする多数の修復、大聖堂の横にある美しい公園セントパトリック・パークのために寄付をしたという記述が残っています。

またベンジャミン・ギネスは一部ステンドグラスの寄贈もしたと言われています。セントパトリック大聖堂のステンドグラスは壮麗というわけではないのですが、教会のゴシック建築と調和した素朴な美しさがあります。そのほか、セントパトリックやセントブリジットなどアイルランドの聖人のステンドグラスもあるので、こちらにも注目してみてください。

セントパトリック大聖堂の歴代司祭のなかには「ガリバー旅行記」で有名なジョナサン・スウィフトもいます。その縁で、スウィフトと彼の長年のパートナーであったステラもこの大聖堂で眠っています。スウィフトの胸像、自筆の本などとともにスウィフトの紹介をしているコーナーもあるので、観光の際にぜひじっくり見てみてください。

そのほか、セントパトリックが洗礼を行っていたとされる泉の跡で発見されたケルト十字の石盤も保管されていたりと、大聖堂の見どころはたくさんありますので、十分に時間を取って訪れることをおすすめします。

次のページでは教会周辺で見られる特別な光景、大聖堂へのアクセスをご紹介。