覆面レスラー・初代タイガーマスクとして社会現象となります。その後は、独自のルールと打・投・極による格闘技色の強いプロレススタイルを考案し、さらに総合格闘技の出発点となる、シューティングを設立。現在は武道を極めると共に、リアルジャパンプロレスを創設し、プロレスの復興に力を注いでいます。

初代タイガーマスク(佐山聡)のココがスゴイ!

■漫画の世界とリンクするヒーロー「タイガーマスク」
『タイガーマスク』(梶原一騎原作)から現実のヒーローとして、新日本プロレスに登場。並行してアニメ『タイガーマスク二世』(テレビ朝日系)の放送が開始されました。デビュー戦となったのは、1981年4月23日の蔵前国技館におけるダイナマイト・キッド戦。話題性とジャーマン・スープレックス・ホールドでデビュー戦にして大人気となります。ストロングスタイルにメキシコ式プロレスとを織り交ぜた新しいレスリングスタイルは、全国にタイガーマスクブームを巻き起こしました。

■視聴率を持っている男
タイガーマスクの試合の視聴率は、ほぼ毎週25%超え。地方での興行も常に満員が続きました。子供たちの間では、当時新日本プロレスの大スターであるアントニオ猪木としのぎを削るほどの大スターでした。

■本当に強い! 運動神経も抜群
格闘技のような蹴りをプロレスのリングに持ち込んだのは、佐山が最初だといわれています。投げ技、関節技、押さえ技まで幅広く披露。高い運動能力を生かし、リング上を軽やかに飛び回る姿は、観客やお茶の間を大いに沸かせました。

■パッと現れ、サッといなくなった
「初代タイガーマスク」だったのは2年4ヵ月。その間の『シングル通算戦績は155勝1敗9分けで、この1敗はダイナマイト・キッドをフェンスアウトさせての反則負けであり、シングルとタッグを含めて一度もフォール負けがない』(出典『Wikipedia佐山聡』)そうです。短い期間だったものの、佐山の活躍のおかげでレスラーとしてすっかり「確立」されたタイガーマスクは、2代目三沢光晴へ引き継がれていきます。

 





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