輸入車/注目の輸入車試乗レポート

クルマ好きの“華やかな一週間”モンテレー・ウィーク(2ページ目)

毎年、8月3週に開催される、クルマ好き大興奮の“モンテレー・ウィーク”。コンクール・デレガンスをはじめ、様々なイベントの様子をお伝えします。

西川 淳

執筆者:西川 淳

車ガイド


全イベントの“華”はやっぱりフェラーリ

全イベントで“華”になるブランドといえば、やっぱりフェラーリ。オークションから、クラシックカーレース、クラブイベント、コンクールに至るまで、新旧さまざまなモデルが入り乱れる。おそらく、この一週間で1000台近い跳ね馬を見ることができるが、そのなかでもよりすぐりのヴィンテージを、紹介しておこう。

1952年式 フェラーリ212/225インター ツーリング バルケッタ
1952年式フェラーリ212/225インター ツーリング バルケッタ

フェラーリ最初期のモデル212インターの最後期モデル。ツーリングモデルとしては最後。本来、212×12気筒の2.5リッターエンジンを積むが、この個体は225×12=2.7リッターを積むスペシャルだ。セカンドオーナーはかのヘンリー・フォードで、エグゾーストパイプのユニークな出し方など、のちにサンダーバードなどのデザインに影響を与えた可能性も……。ノンレストア。

1952年式 フェラーリ212インター ピニンファリーナ カブリオレ
1952年式フェラーリ212インター ピニンファリーナ カブリオレ

フェラーリとピニンファリーナのコラボレーションはこのクルマから始まった。歴史的な1台。現オーナーは、探検家にしてハンティングワールド創始者のロバート・M・リー。

1952年式 フェラーリ212インター ピニンファリーナ カブリオレ
1952年式フェラーリ212インターundefinedピニンファリーナ カブリオレ

1952年のパリショーを飾った一台。

1954年式 フェラーリ500モンディアル ピニンファリーナ クーペ
1954年式フェラーリ500モンディアル ピニンファリーナ クーペ

これは、22台が作られたモンディアル・シリーズ1で、しかもたった2台しかないピニンファリーナボディの1台(0422MD)。同年のツール・ド・フランスにエントリー。リタイアし、その後、長らく、セカンドオーナーの元、フランスの古城に仕舞い込まれていた。2002年、現オーナーが取得。ノンレストアの貴重な個体。500、は12気筒ではなく、なんと4気筒、つまりは×4で排気量2リッター。

1954年式 フェラーリ250GT ヴィニャーレ ベルリネッタ
1954年式フェラーリ250GTundefinedヴィニャーレ ベルリネッタ

ベルギーの王女に納められたワンオフスタイルの250GT。ちょっとアメリカンな雰囲気だが、それもそのはず、フロントウィンドウはシボレーコルベット(C1)用。

1956年式 フェラーリ410スポーツ スカリエッティ スパイダー
1956年式フェラーリ410スポーツ スカリエッティ スパイダー

1956年シーズン用のレーシングフェラーリ。5リッターV12。ドライバーには、ファンジオ、シェルビー、ヒル、ギンザーといったスーパースターが名を連ねた。

1957年式 フェラーリ500TRC スカリエッティ スパイダー
1957年式フェラーリ500TRCスカリエッティ スパイダー

2リッター4気筒の“テスタロッサ”。

1957年式 フェラーリ250GT LWB スカリエッティ ベルリネッタ
1957年式フェラーリ250GT LWBundefinedスカリエッティ ベルリネッタ

18台しかない3ルーバーTdFの1台。

1958年式 フェラーリ250GT LWB スカリエッティ ベルリネッタ
1958年式フェラーリ250GT LWBundefinedスカリエッティ ベルリネッタ

いわゆる、ツールドフランス(TdF)。6つのサーキットや2つのヒルクライムを含む、総計3300マイルにもおよんだ過酷なレース、ツールドフランスに優勝(1956)したことから、この名前が付けられた。これは最近レストアされたばかりの極上個体。

1965年式 フェラーリ275GTBアロイボディ スカリエッティ ベルリネッタ
1965年式フェラーリ275GTBアロイボディ スカリエッティ ベルリネッタ

ロングノーズ・アルミボディの貴重な275GTB/6C。6Cはウェーバーキャブ6連装の意味。フェラーリ最後の12気筒シングルカムモデルで、後期型(1966~)からはDOHCになった。

1969年式 フェラーリ365GTCピニンファリーナ クーペ
1969年式フェラーリ365GTCピニンファリーナ クーペ

リップスティック レッドという、美しいカラーに塗られたノンレストアの365GTC。初代オーナーは、ウールワース創設者の孫、バーバラ・ハットン。モロッコの家に納車されたため、ドアにはモロッコ王家のグリーンスターが手描きで入れられた。エンツォ・フェラーリの指示だったという。奔放な人生を送った彼女の夫のひとり、プリンス・イグノア ニコレイヴィッチは、1948年にはじめてフェラーリでGPを走ったドライバーだった。

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