サラリーマンの宿命として、避けられないものの1つが転勤でしょう。「ようやく念願のマイホームを手に入れた途端、会社から転勤を言い渡された」―― 一見、笑い話のようにも思われますが、私が不動産会社の営業マンをしていたとき、一度だけ売買契約締結後に勤務先から転勤辞令が出て、契約解除を申し出された経験があります。
契約者(ご主人)は大手生命保険会社の営業職員で、私が改めて「解約すると手付金が全額没収になる」旨を説明して説得した結果、最終的には奥さんと子供を残して単身赴任を決意。ご家族のみが新築マンションに先行入居する格好となりました。支店や営業所が全国にある大手企業では、やはり転勤は避けられない(=断れない)ようです。
ただ、その際に気を付けなければいけないのが、転勤などによってマイホームに誰も住まない期間が生じると、住宅ローン減税の還付がストップする恐れがある点です。還付金を期待して住宅購入に踏み切った人も少なくないはずです。「こんなはずでは……」と悔やんでも後の祭りなのです。
そこで、本稿では突然の転勤命令でも慌てなくて済むよう、住宅ローン減税の転勤時の取り扱いにフォーカスして基本情報と注意点を紹介します。予備知識があるだけで、万が一の対応力に大きな差が出てきます。転ばぬ先の杖として、頭に入れておいてください。
「適用を受ける各年の12月31日まで引き続き住んでいること」とは?
まずは復習として、住宅ローン減税の適用を受けるための必須条件を再確認しておきましょう。- 償還期間10年以上の住宅ローンを有すること
- 住宅の床面積(登記簿面積)が50平方メートル以上で、その2分の1以上を居住の用に供していること
- 中古住宅の場合、木造住宅などは取得日時点で築20年以内、マンションなどは同25年以内であること。ただし、「新耐震基準を満たすことの証明書」が取得済みの住宅である場合には築年数は問わない
- 取得後6カ月以内に入居し、適用を受ける各年の12月31日まで引き続き住んでいること
ご主人が転勤によって自宅に住み続けられなくなると、なぜ、これまで受けていた税還付がストップしてしまうのかというと、上記(4)の適用条件を満たせなくなるからです。
そもそも、住宅ローン減税は「本人が自ら定住するための住宅」を取得しやすくするための促進剤として創設されました。よって、投資目的(本人は住まない)で取得した住宅や、生活の拠点とならないセカンドハウスは当該制度の適用を受けられません。「各年、年末まで引き続き住んでいること」を必須条件にしているのは、その根底に“自己居住”のための住宅取得促進という目的が込められているからです。
転勤時の取り扱いが、3回の税制改正で緩和方向に大きく進む
転勤を命じられたサラリーマンを救済すべく、政府は転勤時の取り扱いを緩和してきた。
とはいえ2016年12月末現在、約5744万人の給与所得者(国税庁の平成28年分民間給与実態統計調査)がいる中で、本人が希望しない転勤という会社都合によって住宅ローン減税の恩恵が奪われるのは当人にとって大きな痛手です。そのため、こうした点に配慮してか、政府は3回の税制改正によって住宅ローン減税における転勤時の取り扱いを緩和してきました。
【2003年度税制改正】
改正前は一度、転勤してしまうと住宅ローン減税は完全にストップしてしまい、転勤が解除されて再居住しても復活しませんでした。たとえば適用開始後3年目(2年分の還付金は受領済み)で転勤(転勤期間1年)した場合、控除期間10年のうち「受領済み期間2年」を差し引いた残りの8年間(転勤期間1年分を含む)は減税の恩恵を享受できませんでした。
それではダメージが大きいとばかり、2003年度税制改正では「すでに住宅ローン減税の適用を受けていた人」(後述)が転勤によって一時的に住み続けられなくなっても、再び居住の用に供した場合、税還付が再開(再適用)されるよう要件が緩和されました。2003年4月1日以降に転勤した人から適用されます。転勤族に配慮した税制改正といえるでしょう。
【2009年度税制改正】
続いて、2009年度税制改正では「すでに住宅ローン減税の適用を受けていた人」という要件が撤廃されました。確定申告を済ませずに転勤してしまった場合でも、再居住した後に確定申告することで税還付が受けられるようになりました。
上段で「取得後6カ月以内に入居し、適用を受ける各年の12月31日まで引き続き住んでいること」という適用条件に触れましたが、改正後は一度入居した後、その年の12月31日まで住み続けていなくても、住宅ローン減税の対象になります。居住を開始した年の年末を待たずして転勤してしまっても、転勤が解消した後、確定申告することで再居住後から税還付が受けられるようになりました。
【2016年度税制改正】
さらに、2016年度税制改正では転勤先が海外の場合でも国内転勤と同等に扱われるようになりました。
これまで住宅ローン減税の対象者は「居住者」に限られており、「非居住者」は適用外とされてきました。居住者とは国内に住所(=生活の本拠)を有し、または、現在まで引き続き1年以上、居所(※)を有する個人を指します。そして、居住者以外の個人を非居住者と所得税法では規定しています。
※居所(きょしょ):生活の本拠ではないが、人がある期間継続して居住する場所
2016年度の改正によって、改正前の居住者が満たすべき要件と同様の要件のもとで、非居住者が住宅を取得した場合でも住宅ローン減税が受けられるようになりました。これにより、海外転勤のハンディキャップ(不利な扱い)が解消されました。2016年4月1日以降に住宅を取得した人から適用されます。
転勤の解消後に再居住した際、還付を受けるための条件とは?
転勤の解消後に再居住した場合、住宅ローン減税の還付を受けるための条件とは?
以上を踏まえ、各改正に応じた適用条件を整理すると、次のようになります。
《住宅ローン減税の適用者が転勤の解消後、再適用されるための条件》
- すでに住宅ローン減税の適用を受けていること
- 勤務先からの転任の命令に伴う転居、その他これに準ずるやむを得ない事由(特定事由)に起因して自宅を居住の用に供せなくなること
- 2003年4月1日以降の転勤であること
- 再居住後に税還付される残存期間を有していること
- 転勤前に税務署へ「転任の命令等により居住しないこととなる旨の届出書」を提出しておくこと(家族全員で転勤した場合)
《確定申告しないまま転勤し、転勤解消後に再居住した際、還付を受けるための条件》
- 住宅の取得の日から6カ月以内に居住の用に供していること
- 勤務先からの転任の命令に伴う転居、その他これに準ずるやむを得ない事由(特定事由)に起因して自宅を居住の用に供せなくなること
- 再居住後に確定申告すること
- 確定申告時に「特定事由によりその家屋を居住の用に供さなくなったことを明らかにする書類」も提出すること
- 再居住後に税還付される残存期間を有していること
注意として、再居住後に税還付される期間は転勤期間を差し引いた“残存期間”となります。たとえば2013年に入居し、その年の年末(2013年12月31日)を待たずして家族全員で転勤(転勤期間は4年)したとします。すると、住宅ローン減税を受けられる期間は本来の控除期間10年から転勤期間4年を差し引いた6年となります。控除期間は入居年分からカウントされ、延長されませんので気を付けてください。
また、転勤は転勤でも単身赴任の場合、残った家族が自宅で生活していれば「転勤期間中も本人が住んでいる」とみなしてくれます。つまり、「転勤期間中」も「転勤解除後」も税還付が途切れることはないのです。家族全員で転勤し、その家には誰も住んでいない期間のみ住宅ローン減税はストップします。留守中、借家として賃貸に出した場合も同様(還付はストップ)です。
このように複雑で分かりにくい「住宅ローン減税」制度ですが、改正の変遷を知っているだけでも理解度が違ってきます。本稿を参考に、正確な知識を身に付けておきましょう。