日本一の大花火、長岡まつり大花火大会

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今回の行き先は【新潟】
日本一の大花火、長岡まつり大花火大会

日本の夜空を美しく染め上げる花火。夏は特に多くの花火大会が催され、たくさんの人々が花火を見上げては楽しい想い出を残していきます。

新潟県長岡市で、毎年8月1日から3日にかけて開催される「長岡まつり」は、2日から3日にかけて小さな花火から正三尺玉まで合計2万発にもおよぶ花火が打ち上がり、その素晴らしさから「日本一の大花火」とも言われています。

今回はその日本一の大花火、長岡まつり大花火大会をご紹介します。様々な思いの元に打ち上がる花火の素晴らしさは見る人の心を大きく揺さぶりますよ。

 

明治時代からの歴史を誇る花火大会

長岡駅大手口にある長岡花火・正三尺玉の打揚筒と二尺玉の打揚筒

長岡駅大手口(中央口)にある長岡花火・正三尺玉の打揚筒と二尺玉の打揚筒(2012年2月撮影)

新潟県内で2番目に人口の多い長岡市(Yahoo! 地図情報)は、東京~新潟を結ぶ上越新幹線、関越自動車道と日本海側の幹線ルートである信越線、北陸自動車道が交差する交通の要衝です。

その長岡で毎年8月1日から3日にかけて開催される「長岡まつり」は、長岡で一番大きなお祭り。1日は前夜祭で、2日と3日の夜に大花火大会として花火が打ち上がります。

長岡の花火大会の歴史は古く、明治時代の1879年(明治12年)までさかのぼります。年を追う毎に少しずつ規模が拡大して、1926年(大正15年)には、正三尺玉が夜空に打ち上がるようになりました。

第二次世界大戦のため、1938年(昭和13年)から9年間中止を余儀なくされましたが、1947年(昭和22年)には復活。その後も毎年行われ、今では「日本一の大花火」とも呼ばれる新潟県内でも有数の大きなお祭りになりました。

様々な祈りを込めて打ち上がる長岡の花火

「日本一の大花火」の提灯

「日本一の大花火」の提灯。花火の観覧席に掲げられます(2008年8月2日撮影)

長岡まつりの開催日は、曜日に関わらず毎年8月1日から3日です。これには長岡の街が歩んできた歴史が大きく関わっています。

長岡は、第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)8月1日夜にアメリカ軍の焼夷弾による空襲を受け、市街地のほとんどが焼け野原となりました。

しかし、わずか1年後の1946年(昭和21年)8月1日に「長岡復興祭」を開催、2年後の1947年(昭和22年)には花火大会も復活。以後、戦災の犠牲者への慰霊と鎮魂を込めて毎年8月2日、3日に花火を打ち上げるようになりました。

その後、2004年10月発生の新潟県中越地震で大きな被害を受けた周辺町村の復興を祈願した花火も加わり、まさに様々な祈りを込めて打ち上がる花火大会となっています。

日本一長い信濃川の河川敷から日本一の大花火を見上げよう

信濃川にかかる長生橋

信濃川にかかる長生橋(2008年8月2日撮影)

長岡まつり大花火大会で花火が打ち上がるのは、長岡の街の真ん中を悠々と流れる日本一長い信濃川の河川敷(Yahoo! 地図情報)。

上流から独特な形をしたトラス橋の長生橋(ちょうせいばし)と片道2車線の大手大橋の下流域の左岸側、そして長生橋上流の中州が花火の打ち上げ場所になります。

信濃川河川敷の一部には、花火を間近で観覧したい方向けに有料または無料の観覧席も設けられ、大花火大会当日はあふれんばかりの人で賑わいます。

 

信濃川右岸・フェニックス観覧席

信濃川右岸・フェニックス観覧席(2011年8月2日撮影)

信濃川右岸の観覧席は、長岡駅から徒歩20分~30分で行ける場所にあり、ほとんどの花火が流れる川の向こうに打ち上がります。また左岸の観覧席は、長岡駅からだと信濃川を渡る必要があるものの、花火が打ち上がるのを目の前で見ることができます。

有料観覧の自由席や無料観覧席ではレジャーシートを敷いて座る形になりますので、あらかじめ用意して行きましょう。

観覧席の情報は長岡まつり協議会のWebサイトに掲載されています。花火の打ち上げは19時半からですが、長生橋と大手大橋の間の信濃川右岸など人気のエリアは早い時間にいっぱいになりますので、早めに現地に入るのが良いでしょう。

さて、長岡の花火についてちょっと詳しくなった後は、いよいよ日本一の大花火を堪能しましょう!次ページに続きます。