赤ちゃんとママ

海外でも個性的な名前は増えている(気がする……)


前略 フジワラさま

大変ご無沙汰しております。時計ウサギを追いかけて謎の失踪から3年半、ふと気づくと何故かロンドンにいるカワサキです。

最近益々ご活躍のフジワラチアキさま、そのエッジィで破壊力抜群の文章力を、ワタクシは常から敬愛しております。ファン心理暴走の末、「距離と時差を越えて愛の往復書簡をいたしませんか」という大変に一方的なお誘いをしたところ、ご快諾頂き感激至極。ウレシさのあまり、大の酒飲みで辛党なのに、英国風アフタヌーンチーとやらで甘ったるいケーキを3つも飲み込んでしまいました。

さて、近頃は個性的な名前や漢字が読めない名前のことを「キラキラネーム」などと呼ぶのだとか。キレイな言葉で名前を褒めているのかと思いきや、その実「やり過ぎ、考え過ぎ」を当てこすっているのだと知り、まことに日本的な裏表の現実を海の向こうで憂えております。

もしや、私の名前「環(たまき)」も今でいうキラキラネームだったのでしょうか? 私の家系は、どうやら変わり者が多かったようで、先祖代々一ひねりした名前がつけられてきました。しかし、みんな自分の名前に誇りと愛着を持っており、けなされるような覚えは微塵もないのであります。

そして、「ちょっと珍しい(難しい)名前はいい名前」という代々の刷り込みがあったためか、私も自分の子どもたちの名前はどうしても捻ってしまったのです。ここでご紹介するのは控えさせて頂きますが、「茉莉(まり)」とか「於菟(おと)」など森鴎外がつけたような西洋風の名前を想像していただければと。

フジワラさんは「読めるからダイジョーブ、いい名前だよ!」と優しい声をかけてくれましたが、産院で出会ったあるお母さんは「え? ハーフじゃなかったの?」と苦笑いしており、真っ平らでシンプルなしょうゆ顔の我が子たちにつけられた洋風の名前(でも字面は極めて和風)を、ひょっとしてキラキラネームと呼ぶのだろうかと、少々落ち着かない気持ちでネットを探ってみたことがあるのは、告白せねばなりません。

でもね、「変わった名前のせいでいじめられる」という、ネットでよく見かけるキラキラネーム反対派の主張は、キラキラ家系の私としては同意しかねるのです。名前のせい、親のせいという言い方の中に、親子間のコミュニケーション不全が隠れているような気が。名づけって本来「愛着のあるもの」に「特別な呼び名を与える」ことですからね。名づけた親が「絶妙のさじ加減の素晴らしい名前。つけたオレを褒めて」くらいに信じ切って、愛を込めて子どもに由来の話をしていれば、子どもはその名前を愛するようになるし、自分らしいと感じるわけで。「愛」の伝達なんですよ、鍵となるのは。人がどう言うかではなくて、自分たちがどう信じているかが大切ですよね。

え? 私ですか? もちろん「たまき」ですから「たまきん」とか「き○たま」とか、小学校時代には散々アホ男子に言われたものですが(現在も時折夫に言われますが。えぇアホなんです夫)、「私の名前は大変に含蓄の深いものであるのに、その価値を分からぬとは愚かで哀しい者どもよ」と、澄んだ湖のような瞳で穏やかに諭したら、どっか行きました。気持ち悪がられたかもですな。

そうそう、よくスタバでコーヒーをお召し上がりになっているようですが、先日ツイッターで数えたら一日3杯でしたよ。カフェインも摂り過ぎは体に毒、ご自愛なさいますよう。私の酒? 酒は百薬の長ですからよろしいのです。

かしこ




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