どうして月刊からゲッカンに?

ガイド:
以前、インタヴュー記事を掲載させていただいたのは、アルバム『テクニコフ』がリリースされた年でもある2005年4月。時の経つのは早いもので、お兄さん(yaskikutaさん)とはお久しぶりです。その後、神戸の音屋(今はもうない)であったイベントにも伺いました。

yaskikutahide

yaskikuta(左)& HIDE(右)

yaskikuta:
ご無沙汰しております。そうですか、2005年ですか。HIDEはまだ生まれてませんね。

HIDE:
生まれてるよ!

yaskikuta:
音屋、もうないんですか。雰囲気のある良いクラブだったんですけどね。
東京でもそうですけど、音好きなリスナーが集うクラブが閉鎖してしまうのは寂しいですね。

ガイド:
あの頃は、月刊プロボーラーと名乗っていましたよね。途中でゲッカンプロボーラーに表記が変わりましたが、その訳は?

yaskikuta:
メンバーが替って一区切りと言うか…いや、実はいまだに何でかが僕も分かってないんですよ。

HIDE:
月プロよりゲツプロの方がオシャレだから...って事だったよね。

yaskikuta:
ほら!その意味が分からないんだよ(笑)。

弟参加のきっかけ?

ガイド:
弟さん(HIDEさん)が加入し、メンバー交代を経て、現在の菊田兄弟ユニットとなったわけですが、これはお兄さんからのアプローチ、それとも弟さんの志願ですか?

yaskikuta:
僕からでした。HIDEやる?うんやる。そんな感じだったよな?

HIDE:
月プロ時代からライヴは全部行ってたしマネージャーとしても参加してたんで、特に何の抵抗もなく。

yaskikuta:
昔から2人共DJをやっていて、お互いの音の好みも把握しているのでやり易さはあったな。

HIDE:
ゲツプロとは別名義でJacidBros(ジャシッドブロス)と言うユニットも2人でやってます。

yaskikuta:
ジャシッドは完全にフロアー対応型のクラブサウンドね。我々がDJでプレーしたいとかフロアーで聴きたいってトラックを造るのが目的。ゲツプロとの違いはマーケットの違いかな。輸出用なんですよ。日本産のクラブサウンドを発信したいって感じ。