今だから迫れる、「予約の取れない宿」の秘訣
大震災以後、旅館の世界に異変が起きた。それは、なかなか予約が取れなかった宿が、意外とすんなり予約できるようになったことである。例えば、国民宿舎稼働率日本一を20年も続けている日立市の「鵜の岬」。2ヶ月前の予約開始日でも取れなかった宿が夏休みにもわずかだが空きが出ている。不幸にも放射能禍の風評被害を受けた形だが、原発からはるか離れた、須賀川温泉の「おとぎの宿米屋」(よねや)もそうした一軒だ。福島県というだけで避けられる。
しかし、しっかりと自己判断できる利用者やリピーターは、今こそと足を運んでいる。そこで、私も早速出かけてきた。さらに、なんと6月にリニューアル開業しているのだ。今だからこそ、予約の取れない宿の秘訣を探ってみたい。
女将の日常が「おとぎ話」を生んだ
米屋は、福島県中部、白河と郡山の中間に位置する須賀川市にある。須賀川は、ぼたん園や、皇室も注文すると言われる特A米「稲田米」の産地として知られる。田んぼに囲まれた里山に毎分550リットルという豊富な温泉が湧く地に立つ一軒宿だ。その昔、米の流通を扱っていたことから「米屋」。地域で小売業や不動産を生業としてきた有馬商店が「おとぎの宿米屋」の前身である。
関東を中心にリピーターが90%を占め、週末はもとより平日も予約の取れない宿として知られていた。主客層は30~50代の夫婦やカップルの2名客で、なかには一年間に47回も通った利用客もいるという。
宿は、2階建ての本館(おとぎの丘12室)と、渡り廊下で結ばれた離れ棟(おとぎの里11室)から成る。部屋には「ももたろう」などかわいらしい名前が付けられている。本館と離れの中間には、温泉棟「おとぎの泉」があるのだが、これが素晴らしい!
豊富な源泉がざばざばと注がれる内湯や、温泉を全身で浴びられるミストサウナに加え、広々とした庭に点在し、鏡のように森の木々や花を映す露天風呂。すべてに、肌にまとわりつくような美肌の湯が満たされている。 とりわけ、女性用の露天風呂と、男性用の内湯の小浴槽に注目。源泉が空気に触れないよう、足下から注がれているのだ。この他にない温泉を体験するだけでも、ここに通いつめる価値がある。
しかし、今でこそ素晴らしい宿になった米屋も、かつては低単価を武器に売る旅館だった。本館から宿泊棟に延びる長い渡り廊下は、クレームの巣窟だった。4人の子供を育てた女将の有馬みゆきさんは、客に怒られるたび、「むかし、むっかし~うらしまは~」と涙ながらに口すさびながら廊下を歩き、気を紛らせたという。
仕事の合間のストレス解消は、おとぎ話を子供に読み聞かせること。子供たちが楽しみにしていた家庭での日常が、実はその後の米屋を支えるとは、その時は思わなかった。
そして、次ページで、リピーターを生む秘訣が明かされる!