NIHでは口や鼻、皮膚、胃腸、尿生殖器にすむ細菌の生態系を2008年から5年間で解明しようとしています。
糖尿病と診断されて疎外感に打ちのめされている友よ、あなたは決して独りぼっちではありません。あなたの体の中に共生しているお友達、腸内細菌の数は驚くなかれ!100兆個にもなるのです。体重の1~1.5kgは腸内細菌の重量ですから、なんとも言えない存在感です。
よく、ヒトの体は60兆個の細胞で出来ているとされますが、それはヒトの組織1gには10億個の細胞があるとの設定で、体重60kgの人を計算したものと言われています。
ヒトの乾燥ふん便1gには1兆個近くの腸内細菌があると理化学研究所が発表しています。
従来はヒトの細胞の10倍ぐらいはいるだろうと考えられていましたが、培養できない細菌もカウントできるメタゲノム解析の進歩でその数は倍増中です。多くの参考書やウィキペディア(2011/07/24調べ)では、腸内細菌は100種類以上、100兆個以上となっていますが、現在は1000種類以上で100兆個というのが一般的な考えです。
腸内細菌の研究とともに、健康に有益な効果をもたらす、いろいろな乳酸菌を用いた「特定保健用食品」としてのヨーグルトや発酵乳の開発はよく知られています。
ところが、このような善玉菌と悪玉菌の考え方では、どうも病気と腸内細菌の関係がよく分からないのです。
そこで、信じられないような数と多様性に富む腸内細菌全体の、種類とその量の構成パターン(プロファイル)を解明して、それと腸内細菌全体の産生物(代謝物)の構成をとらえる腸内代謝プロファイルとを合わせた腸内環境、つまりエコシステム(生態系)として病気と健康を考えるようになりました。腸内細菌を集団としてとらえるときは腸内菌叢(きんそう)と言いますが、一般的には腸内フローラと言われますので以下はそのようにします。
腸内フローラと体重の関係
肥満は2型糖尿病と密接な関係がありますが、太っている人と痩せている人では腸内フローラの勢力図が異なるという発表が科学誌Nature(2008)にありました。同じ遺伝子を持つ一卵性双生児でも、体重の違う「きょうだい」は異なるタイプの腸内フローラを持つというのです。その論文によると、太っている人たちの腸内フローラはファーミキューテス(firmicutes)門の細菌群が優勢でした。ファーミキューテスの仲間は、ヒトが分解できない食物繊維などから強力にエネルギー(カロリー)を搾り取って宿主にプレゼントしてくれます。これに対し、痩せている人たちはバクテロイデス(bacteroides)が優勢でした。バクテロイデスはそれほど効率よくエネルギーを回収できません。この差は僅かですが、毎日の積み重ねですから、年単位なら肥満の一部を担うことも考えられます。
腸内細菌はある種のビタミンを作って宿主に返してくれますが、難消化性の食物繊維を分解して短鎖脂肪酸の酪酸やプロピオン酸などを生成すると、腸管細胞がすかさず頂戴して、自分のエネルギーにしてしまいます。小腸は血液で栄養補給してもらいますが、大腸は自前で補給する部分があります。
体の一日の総摂取カロリーの10%以上も腸内細菌から吸収しているという説がありますから驚くべき数値です。
このNature誌論文の同じ研究者たちは、ヒトが減量に成功すると上記の2つのタイプの腸内フローラがシフトする、とも発表しています。また、痩せタイプの腸内フローラは細菌の多様性にも富むそうです。多種多様な腸内細菌が活動している方がヘルシーなのです。
さて、腸内フローラに体重がリンクしているのなら、いずれの日にか抗生物質で腸内フローラをバクテロイデス優勢型にする減量治療が始まるかも知れません。でも、食物でもなんとかなりそうですね。科学誌Cell(2010)に発表されたのは、マウスの実験ですが炭水化物に富む食餌を与えると痩せ型のバクテロイデス優勢型になったそうです。今はやりのベジタリアン風の高炭水化物食です。
糖尿病と腸内細菌の関係
腸内フローラが体重に影響を与えるというエビデンスが積み上がってきましたが、一方で、ある研究者は2型糖尿病と腸内細菌の関係は、体重とは別の免疫システムの問題だと言います。腸内フローラは個体差が大きく、同一人物でも加齢とともに変化します。それが、ある人は別の人に比べて、より健康であることの理由の一つになるかも知れません。
腸管内部は体の内部と考えがちですが、実は100兆個もの細菌がすむ危険な「外界」です。だから大腸はヒトの体の中で一番病気の種類が多い病気の巣くつなのです。悪玉菌が作った毒素が腸壁をすり抜けて全身に回わります。また、腸管は外界と直に接する「免疫の最前線」でもあります。
ヒトの腸内フローラは遺伝と環境によって形成されています。そして、体を守る免疫システムも遺伝と環境によって形成されます。この2つは大腸で相互干渉しているのです。腸内フローラと免疫、そして1型糖尿病・2型糖尿病との関わりは、長くなりますので次回で解説いたしましょう。