今後浅田先生が考えられている治療方針や研究内容を教えてください。
私が今大切に考えていることは、2つあります。1つは、AMH測定の普及です。当院がAMHの測定を開始して3年が経ちます。AMHを測ってみると30歳以降卵巣予備能と年齢とはあまり相関がありません。相関がないということはどういうことかというと、いくつだから大丈夫、いくつだからもう限界だというのは、個人によって全然違うということです。要するに生殖年齢というのは個人によって違います。
AMHを知ることにより、いくつまでに妊娠・出産したほうがいい、いくつまでに結婚したほうがいいということをわかってもらい、人生設計に役立ててもらいたいと思っています。月経周期その他いろいろなことでは生殖年齢はわからないため、今のところAMHを測るしかわかりません。
今までの生理3日目の血中ホルモンのFSHは、自動販売機でいうとほとんど売れ切れサインです。女性ホルモンがなくなってから反動で上がってきます。予備能が低いのではなく、なくなった感じでしかわかりません。ですからその前に、何年も前から減っているぞということがわかるよう、AMHの測定をもっと普及させるべきだと思っています。
AMH検査は卵巣の予備能を把握するために行います。
どこが違うかというと、20年、30年ずっと保存されてきた卵というのは、保存期間が長いので、冷凍食品に例えるなら解凍しにくく、料理に使いにくい状態です。40年というと多くの卵が壊れている中で、なんとかうまく冷凍状態で保もたれているというイメージです。
ですから、その卵を料理に使えるように上手に解凍してあげて、上手に次の料理ができるように戻すため、非常に時間と刺激がかかるということが、だんだんとわかってきました。
若い人の刺激と歳をとった人の刺激では、成熟卵になるためにも全然違います。うちのデータでもはっきり出ています。30代後半40代という人を、30代前半の頭のままでlong法を毎回毎回やるのではなく、もっとその人の予備能に合わせた刺激をして、それで成績を上げていかなければならないのです。
もう一つはでFSH下垂体ホルモンが、女性ホルモンが少ないと上がってしまいます。上がってしまうと卵が育つことができません。今までだとその時に1ヶ月ホルモン治療をやり、下がるのを待ちましょうといった感じでした。でもまた生理3日目になると上がってしまいます。そのようなことを繰り返すと、いつまで経っても採卵できません。
FSHが上がったということは卵がなくなったのではなくて、卵が少なくなり女性ホルモンが少なくなったので、もっと卵巣を働かせるためにFSHが少し上がってくるわけです。その結果、逆に卵が育つことができなくなります。
ですから、本当の閉経の前に卵が少し残っているのだけれど、ホルモン状態が悪いために排卵・卵の成熟が出来ずに残っている卵があると思っています。
そういう場合に、排卵誘発のためにFSH・LHを注射するか、それが上がるような薬を飲むのではなく、それを下げるために女性ホルモンを使って下げ、FSH・LHをいい範囲内に保つことによって卵を成長させて、残り少ないチャンスを活かして採卵しようと今盛んに行っています。
40歳すぎの閉経移行期の排卵誘発法、これは世界ではほとんど報告がありません。なぜならば世界では体外受精ができる先進国なら、人の卵をもらうということで終わってしまうからです。
残り少ない卵をいかに上手に取り出して、いかに受精卵にしていくかを日本から発信していきたいと思います。「AMHの普及」と「40歳以上の卵巣予備能の低い人の排卵誘発」。
これは今現在の私の研究テーマであり、治療方針で頭を悩ませながら一生懸命考えているところです。
最後に患者さんへのメッセージをお願いします。
いつもクリニックの選び方はなどいろいろなことを聞かれるのですが、やはり不妊治療というのは、タイムリミットを知るためにもAMHの測定が必要です。タイムリミットに向けていつまで不妊治療が可能か、限界があるのかということ、それからいろいろなレベルのいろいろな考えの先生がいて、いろいろなレベルの培養室・胚培養士を使って体外受精を行っている。
それぞれの体外受精・顕微授精というのは流派がいっぱいあり、出身大学、勉強してきたところなどバラバラで、そのクリニックのこだわりも違います。結果がでなければ早めにどんどんクリニックを変わる事が一番のアドバイスです。
一か所で3回採卵して結果がでなければ、早く病院を変わって、やり方の違う治療をした方が良いと思います。
浅田先生と培養士長の福永先生です。
卵巣予備能に合わせて、いかに上手に成熟したいい卵を採るかがドクターの実力です、と説明しています。体内から取り出された卵は、例えるなら人間が宇宙に行ったようなものなので、それを上手に受精卵にして上手に育てていくのが、ラボの培養機・培養室の実力。
それらがあって初めていい卵としての受精卵、前核期卵・分割期卵・胚盤胞になっていくんですよとお話をします。大事な時期である35歳から40歳の間ぐらいの方は、早め早めに治療方針、施設をどんどん替えて結果を追求する。そういう道が正しいと思います。
どうしてそんなことを言うようになったかというと、テレビに出て、全国から患者さんが集まってくるようになった時に、もう何年も結果が出ないままずっと大事なゴールデン・エイジを過ごしてしまった人がよくいました。
でもそこが一番いいと思ったからそこにずっと居すわったし、そこの先生が一番いいと言っていたから洗脳されていたとも言っていました。大事な時間を無駄に過ごしてしまったという人をいっぱい見てきたので、そういうことは避けて欲しいと思います。
患者さんはいい卵といった時に、例えば1回採卵して1個を戻して妊娠しなかったらその採卵した時の卵はすべて悪いと、ものすごく悲観的に考える人がいます。
卵は同じ卵巣のなかでも一つずつ生命力、状態は違うわけです。何年ももつものから、壊れているものまでいろいろと混ざっていますが、一律に加齢によって古くなっていく。
治療する中でその中の卵を採るわけなので、成熟卵を採るタイミングが早かったり、遅かったり。ドクターが変なタイミングで採れば当然卵は悪くなります。受精卵になった時に遺伝子の組み換えがいろいろ起き、同じご両親からいろいろな子供が生まれるように、卵一つずつは個性を持ち、多様性があります。
ということは生命力、それからの育ち具合も違ってきます。ですので、1個ずつの卵がみんな同じだという判断をしないで、もう少し生物として柔軟に考え、一回一回を大切にしてほしいと患者さんには説明しています。
私に何かできることはないですか?というのは良く聞かれますが、あまりありません。血流を良くして眠っている卵を呼び起こすくらいですよというお話をよくします。
患者さんのほうは、何かしたからこういう結果がでたと、努力すれば報われるという単純な図式で、逆に結果が出ていないのは自分の努力が足りないという思考をする人が多いのですが、そういう人には精子と卵子の営みのほうが人間が生まれるずっと前からされているのですよ、人間が最後に出てきて頭でっかちになって、神経で自分の体を思うように動かせるようになり、ただ精子も卵子も思うように動くと思っている方が間違いです。
精子と卵子を私たちが操っているのではなく、精子と卵子に操られているぐらいです。精子と卵子から見れば何万年も何億年も後から出てきて、人間というのは自分たちをコントロールできると思っている、とても横柄なやつだなと思っているくらいのことです。
我々は、そんなになにもできないです。だから「授かる」という風に言われるのです。胚盤胞の全体は100細胞ぐらいでそのうち、内細胞塊の部分30個になります。赤ちゃんになるところのもとの細胞は30個ぐらいです。
いい卵を戻しても、それが60兆の人間の体を構成するまでには、ものすごい回数の細胞分裂が起こり、遺伝子も働き、それがおおむね上手くいって赤ちゃんになっていくわけです。
移植まで卵が良い悪いというのは、マラソンにたとえても一歩も踏み出していないぐらいを言っているようなもので、その結果を結びつけて考えるのは無理です。私はいつもこのように患者さんにお話しています。
最後の最後に
当院は最後の砦とよく言われますが、結果が出なくて悩んだ後でなく、またストレスを感じる前に、最後ではなく、最初から私のところに来てほしいと思っています。インタビューを終えて
不妊専門クリニックを設立し、新しい治療法に果敢にチャレンジされている先生方に共通するのは、勉強熱心であること、情熱を持って治療されていること、いつも工夫されていること、そして真面目で誠実である事ですが、浅田先生もこの条件にぴったりの方です。非常にレベルの高い治療をして、妊娠例を増加させ、様々なところで評価をされている第一線の先生だけれども、いつも優しく、フラット(普通)なのです。そして、我々のようないじわるなジャーナリストに言いにくい事もきちんと誠実に自分の言葉でお答え頂く姿勢にはとても安心感を覚えます。
自分が出来る事はすべてやりたい! 日本の不妊治療を世界でTOPレベルと言われるようにしたいという言葉を「まず自分の行動から」と実践されているところも説得力があります。
今後も折に触れて取材をさせて頂きたいと思っております。