今回は胚培養士(註)である福永憲隆氏にインタビューをさせて頂きました。福永氏は浅田レディースクリニックに勤務されていますが、先日、浅田院長へのインタビューで斬新なコンセプトの培養室を作ったのは福永氏と共に考えたとのお話から、もっと深くお話を聞いてみたいと思い、今回の取材をお願いいたしました。

(註)
胚培養士とは:大学病院や不妊専門クリニックなどで行われている顕微授精や体外授精における卵子、精子の管理、媒精、培養を担当する。生殖医療には現在欠かすことの出来ない医療技術者。

それではインタビューの内容をご覧ください。

胚培養士になろうと思ったきっかけを教えてください。

もともと私は希少動物の繁殖をするような学問を学びたいと思い、獣医学部に入学して、家畜の繁殖について勉強をしていました。よって、就職もそのような仕事に就きたいと思っておりました。パンダとか、ゾウやキリンといった動物です。

そこで、日本全国の動物園に問い合わせて、そのような仕事がないかを探しました。しかし、日本でそのような仕事は非常に少なく、見つけることが出来ませんでした。
fuku

培養部門長の福永氏です。


繁殖に携わるために大学に行ったので、その知識を活かせる仕事に就きたい、でもそういう仕事がないのでどうしようかと思案しているところに、仙台のレディースクリニック京野から大学に胚培養士募集の求人票が来ました。

その当時、学生ですから、不妊治療の事はまったくわかりませんでした。しかし、人工授精や体外受精で子供を授けることが出来るという仕事があることを知ったのです。

人も動物の一種です。じゃあやってみようと思い、真剣に採用試験に取り組みました。それで無事、採用して頂くことになったのです。

クリニックに入って学んだ事、大学で学んだ事との違いはありましたか?

その当時、レディースクリニック京野は年間に200~300例の体外受精を実施していました。よって、毎日培養の仕事があるわけではないので、どうしても時間が空いてしまいました。

そこで私は薬の調剤のお手伝いやがん検診のお手伝い、看護助手の仕事、雪かきなど医療現場の下積み作業を進んで行っていました。慣れない作業でしたのでなかなかつらかったですが、これらの作業を行うことにより、良いこともありました。
fuku

顕微授精の様子です。


それはクリニックの全体の仕事の流れが把握出来たこと、そして患者さんと接するので患者さんの気持ちが理解できたことです。

この仕事のやりがいについて教えてください。

この仕事は黒か白かがはっきりしている世界ですので、自分のモチベーションをどのように維持するのかが大事です。

そのためにも私は一人でも多くの方に喜んでもらうことを目的としています。自分に任された仕事を最後までやり遂げたいという気持ちが強いです。

厳しいけれど、喜びのあるこの仕事がとても好きです。

福永さんのこだわりについて教えてください。

レディースクリニック京野に5年勤務させて頂き、その間、ずっと院長が課題を与えてくれていました。お休みするのは月に1日だけ。それ以外はずっとクリニックに残り、得られたデータをまとめていました。

不妊治療に関する論文はすべて目を通し、漏れがないようにしていました。しかし、そうやりながらも自分には基礎的な知識が不足しているなと感じていました。

それが東北大学大学院に行くきっかけとなりました。

このような知識や発想法をどのようにしてつちかってきたのでしょうか?

やはり、自分が選んだ仕事ですから誰よりも成績を上げたい、知識を身につけたいといつも思っていましたし、クリニックの仕事が終わってから寝る時間までは自分の研究や勉強の時間だと思っていました。

土日も祝日もなく打ち込みました。それが楽しいということもあるのですが、がむしゃらにやってきたのが現状です。

さすがに月に1回は当時、付き合っていた彼女(妻)とのデートの時間として休みましたが(笑)。