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木喰さんに会いに新潟へ行こう!

木喰さんは、江戸時代後期に諸国を歩いて、独特の微笑を浮かべる仏像を彫った漂泊の僧です。近年、展覧会やテレビで取り上げられることが多く、すっかり人気者になりました。今回は、その木喰さんがどんな人物だったのかという基礎知識と、新潟県に多く残る木喰仏の情報をお届けします。

吉田 さらさ

執筆者:吉田 さらさ

寺・神社ガイド

木喰さんを知ってますか?

如意輪

新潟県、小栗山観音堂の如意輪観音

「木喰」と書いて、もくじきと読む。それをご存知の方は、以前はかなりの仏像通に限られていました。でも、このごろは人気が出てきて、ずいぶん広く知られるようになってきましたね。

では「木喰と呼ばれる人物はひとりではない」ということを知っていますか? それをご存知の方は、相当な仏教通です。木喰とは木喰戒という修行のことで、それを行う僧侶は、皆、木喰僧です。その中で、微笑仏(みしょうぶつ)と呼ばれる独特の仏像を造ったのが、一般的に言われる木喰さんです。この「木喰さん」は、生涯に3度名前を変えており、木喰五行とか、木喰明満などと名乗っていました。

十二

新潟県 西光寺の十二神将のうち一体。木喰さん自身がモデルと言われる

さらに、「木喰戒」とはどういう修行なのかご存知ですか? それを知っている方は、超がつくほどの仏教通です。この修行をする人には、たいへん厳しい食事制限があります。通常のお坊さんは肉や魚などの動物性食品が禁じられていますが、木喰戒では穀物も食べてはいけません。煮炊きしたものも禁じられるので、食べてよいのは、生の木の実や植物の根っこだけ。そこから、木を食べる=木喰という名称になりました。

何のためにこれをするか。ひとつは、もちろん、苦行を体験して精神を鍛えるため。もうひとつは、将来、即身仏となるために体内を浄化しておくという目的です。即身仏とは、簡単に言えば、生きたまま穴に入ってそのまま亡くなり、ミイラのような形で体を永遠に保つということです。即身仏は、山形県や新潟県のお寺でよく見られますが、それは、生前に木喰戒を行っていた人々なのです。

大器晩成型だった木喰さん

木喰さんは、1718年に今の山梨県に生まれます。14歳ごろに家出して関東を放浪して歩くようになり、20代になってから真言密教の修行を始めます。45歳から木喰戒の修行を始め、全国を歩くようになりました。仏像を造りはじめたのは60歳を超えてから。それから93歳で亡くなるまでに、おびただしい数の仏像を彫り、旅の途中で世話になったお寺や一般人宅にお礼として置いていきました。

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