糖尿病/その他の糖尿病の合併症

なぜか糖尿病で合併症にならない人の共通点

どうして糖尿病合併症が起きるのかは、長い間、真剣に研究されてきました。一方で血糖コントロールがよくないのに、なぜか合併症を免れている人たちもいます。合併症を起こしにくい人たちの秘密の一端が見えてきました。

執筆者:河合 勝幸

糖尿病患者の10~15%は合併症と無縁?

どうして糖尿病合併症が起きるのかは真剣に研究されてきましたが、一方で血糖コントロールがよくないのに、なぜか合併症を免れている人たちもいます。その秘密の一端が見えてきました。

意外かもしれませんが、糖尿病患者の10~15%は合併症になりにくいことが経験則から知られています。糖尿病専門医なら、なんとなく思い当る患者がいるはずですよ。大多数の患者はやがて重い合併症に直面するのですから、なんとも不公平な話です。

今日のスウェーデンでは約12,000人が、糖尿病歴30年以上の患者だと考えられています。そのうち糖尿病歴50年以上の人が1,600人いますが、その人たちの2/3は合併症から逃れているのです。だいたいのところ、ベテラン患者の1/2は大きな合併症を持っていません。だから糖尿病患者は30年の合併症フリーを目指せとよく言われるのです。30年保てば、そうひどいことにはなりにくいようです。

一方で、15年以内に重い合併症になる人たちも残念ながらいます。不可解なことに、このような合併症を起こす可能性については、血糖コントロールだけでは説明がつかないのです。

ジョスリン50年メダリスト研究からわかった意外な傾向

75年モニュメント

上には上があるものです。イーライリリー本社にあるインスリン75年の記念碑

歴史あるジョスリン糖尿病センター(現在はハーバード大学の一部門)と史上初めてインスリンを量産した大手製薬会社の「イーライリリー」は、50年以上インスリン注射をして生存している1型糖尿病の人たちをメダリストとして表彰しています。

糖尿病と言えば、目や腎臓、神経の細小血管合併症や心臓や脳の大血管症が宿命とされていますが、ジョスリン糖尿病センターの研究者たちは、数十年にわたって合併症を免れてる患者グループから、合併症から体を守る幾つかの因子を発見したと発表しました。[アメリカ糖尿病協会誌、Diabetes Care,April 2011]

調査は351人の1型糖尿病歴50年以上のアメリカ人を対象に行われました。合併症の発症率以外にも網膜症、腎症、神経障害、心血管病と、ヘモグロビンA1Cや血中脂質、終末糖化産物(AGEs)との関連も分析されました。

1型糖尿病は最初からインスリン注射が必要になります。50年以上前はインスリンの純度も種類も注射器も、今日のものとは比べようがないほど劣悪でした。もちろん、自己血糖測定器もなく、血糖コントロールを示すHbA1Cもありません。1型糖尿病に血糖コントロールがいかに大切かを証明したDCCTの発表は1993年ですから、この351人のメダリストの初めの数十年は、さぞ不十分な血糖コントロールだったことでしょう。

にもかかわらず、これらのメダリストの43%は重い網膜症にはならずに済み、87%は腎症を回避し、39%は神経障害、52%は心血管病からフリーでした。

この数字は驚異的です。今までの全ての疫学研究が、悪い血糖コントロールは体の中に記憶されて残り、やがて合併症として現われることを示しているからです。この幸運な人たちは、何らかの体を守る物質があるか、身体的、遺伝的なメカニズムが高血糖の毒と戦ってくれたことを物語っています。この人たちは、必ずしも今日のレベルで言うところの優良な血糖レベルの人ばかりではなかったのですから。

糖尿病合併症の発症回避…鍵を握るのはAGEs?

研究者たちはAGEs(最終糖化産物)が鍵を握っていると考えています。AGEsは糖化・老化物質として全てが悪玉と考えられてきましたが、このメダリストの血液分析から不思議なことが分かりました。

数あるAGEsの中で、特にCEL(carboxyethyl-lysine)とペントシジンの2種類の血中濃度が高いと、すべての合併症発症率が7.2倍高くなることが確認されました。

逆にCML(carboxymethyl-lysine)とフルクトース・リジンの組み合わせは眼疾患から患者を守っているようなのです。どうもAGEsにも悪玉と善玉の組み合わせがあるようですね。これは史上初めての発見だそうです!

同研究の付随論文執筆者で、米イースタンバージニア医科大学のAaron Vinikは、今回のジョスリンの研究では言及していないが、合併症予防には血中のAGEsを捕捉する可溶性のAGEs受容体(sRAGE)の存在が大きいと指摘しています。

AGEsの毒性はタンパク質に架橋を作ったり、血管内皮細胞AGE受容体に結合して炎症を起こすことが知られていますが、AGE受容体には細胞から離れて血液の中で体の中を循環して、悪玉AGEsをキャッチして体外に排泄する善玉受容体(sRAGE)があることが確認されています。

早期に糖尿病を発症する人ではこのsRAGEが50%しかなく、重い合併症を起こす人では85%も欠損しているという研究も発表されています。50年メダリストは遺伝的にsRAGEが多いことは容易に推測できますね。

長寿の家系とはこういうことなのでしょうか。このsRAGEを増やす薬、あるいはインスリンのように直接投与できれば合併症から開放される日が来るかも知れません。

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