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坂上二郎が最期まで明かさなかったコント55号の秘密(2ページ目)

昭和を代表するコメディアン・坂上二郎さんが、3月10日、脳梗塞再発のため亡くなられました。これまでにも多くの追悼記事が掲載されましたが、そこでは語られてれていなかった、コント55号の笑いについて、深く掘り下げてみたいと思います

広川 峯啓

執筆者:広川 峯啓

お笑い・バラエティ番組ガイド


セオリーを打ち破ったコント

もともと2人で演じるコントにおいては、両者が対立しているのが基本。「刑事と犯人」「医者と患者」など、職業や地位の違いで対立させ、そのぶつかり合いから笑いを生み出してきました。

しかし、一貫してコント55号のコントを作り続けてきた萩本欽一は、常識人と常識から外れた人という、ある意味、究極的な二項対立を打ち出します。正常なはずの坂上が、強制的に不可解な行動をとらされ、その方向違いの一生懸命さが爆笑を生み出しました。

とここまでは、従来のいわゆる「お笑い評論本」の中でも言及されてきましたし、当ガイドもこの流れでコラムを書いたことが何度かありました。しかし、そこからもう一歩踏み込んでみると、ただの一般人のようにふるまっていた坂上二郎が、実は大きな役割を果たしていたことが見えてきます。

二郎さんの“見えない演技”

コントの中では毎回、不条理ともいえる設定をまとって、欽ちゃんが登場しますが、いわゆる不条理劇とは違い、それ自体に常識を覆すほどのパワーが備わってはいません。では、なぜ55号の舞台が爆笑に包まれたのか? それは、二郎さんが不条理な世界へ引き込まれていく流れを、絶妙な演技で表現していました。

コントが終わると、下着まで脱いでしまうほど、毎回汗まみれで芝居していた二郎さんですが、決して“張り切って”演じていることを見抜かれはしませんでした。観客の目には、欽ちゃんに攻められる二郎さんが、ひたすらオロオロしているだけのように映り、それが爆笑に繋がったのです。

欽ちゃん自身は「ツッコミとボケ」という言葉を使わず、いつも「フリとコナシ」と呼んでいたのは、二郎さんのコナシの能力を誰よりも認めていたからでしょう。その証拠に、55号の「フリ」部分は多くの芸人が継承してきましたが、坂上二郎の「コナシ」を受け継いだ芸人は、おそらく1人もいないでしょう。
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