三度泣かされた若妻
「ねえ、あなた、私に黙っていることがあるでしょう」「なに? 何のこと?」
「しらばっくれないで! 健康診断で出た結果のことよっ!」
「はあ? 健康診断? って、オレ、一年前に受けて以来、最近は受けてないよ。多少疲れてはいるけど、健康そのものだし」
「ウソ! 会社で健康診断があったはずよ」
「ないよ。あったらエリカに言うよ。なんで健康診断なんて言うの?」
エリカは正章に先日の電話のことを話した。
「ばかだなあ。だまされたんだよ。それにもし仮にエイズだったとしても、まずオレが知っているはずだろ。そしたら、まずエリカに話すに決まってるじゃないか」
「じゃ、じゃあ、あなたがエイズだっていうのは」
「そんなことあるわけないじゃないか。その電話はいやがらせか、悪質ないたずらだろう」
「じゃあ、あなたはエイズじゃないのね?」
「当たり前だよ」
よかったぁ…… |
「だって、だって、本当にエイズかと思ったんだもの。私もうつされたかと思って……ウワ~ン」
と、堰を切ったようにワンワンと泣きじゃくった。正章はエリカを優しく抱きしめてなだめた。ひとしきり大泣きしてから、正章が手渡してくれたティッシュペーパーで涙を拭き、鼻をかんでから、やっとエリカは笑顔を見せた。事実ではないと分かって、ようやく安心したのだった。
「クスン。だって、保健所の人だって言ってね、専門的な難しい言葉とかで話すもんだから、てっきり本当のことだと思っちゃって」
「相手がそう名乗ったから真実とは限らない。それにしても、卑劣というか、ヒマ人というか、ろくでもないことを考えるよなあ。ヘンタイ電話じゃないか。結局、何も届かないだろ。でも、最初からおかしいって思わなかったの?」
「だってぇ。保健所だって名乗ったし、中村さんとか、中村さんご夫婦は、とか名前を言うもんだから、てっきり本当だと思っちゃって」
「エリカは電話に出るときに『はい、中村です』って言うだろ。それで相手は名前を知って、会話に名前を織り込んで話したんだろうな。で、ますます信憑性が増しちゃったんだよ」
「じゃ、私が名前を言ったから?」
「そうとしか考えられないだろ」
「悔しい! もう絶対に名乗って電話に出ないわっ」
「そうだね」
「あ~、そういえば、私のサイズとか今日の下着の色は何とか、夫婦生活のことまで聞かれたのよ。私ったら、正直に素直に答えちゃって。ああ~~~、恥ずかしい! 悔しい~~~! ウワ~~~ン!」
エリカは自分が名乗って電話に出たことが事態を余計におかしくしてしまったのだと分かってとても後悔した。そして、恥ずかしい質問に対して正直に答えてしまい、だまされた自分が情けなくて、またしても大泣きした。最初に電話に衝撃を受けて泣き、ウソと分かって安堵で泣き、そして悔しさで泣いた。つまり、一本の電話で、三度も泣かされてしまったのだった。
→電話で人はだまされる/あなたの一票/関連防犯ガイド記事……P.4