1ページ目 【憲法は私人と私人、つまり個人と企業との間などには適用されない!】
2ページ目 【私人と私人の間に憲法を「間接適用」するというウラ技があった!】
3ページ目 【憲法に規定されていない「新しい人権」はどう保障しているのか?】

【憲法に規定されていない「新しい人権」はどう保障しているのか?】

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憲法に規定されていない権利をどう認めるか

なにせ日本国憲法はいまから50年以上も前に作られたもの。そのとき想定されていなかった権利なんかがたくさんあるわけです。プライバシー権や、環境権、知る権利など。

そこで、裁判所は憲法第13条の「幸福追求権」をもってきました。日本国憲法第13条には、個人の幸福を追及する権利は最大限尊重されると規定されています。

日本国憲法 第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限の尊重を必要とする。


プライバシー権と『宴のあと』事件

この論理は、1964年の「『宴のあと』事件」東京地裁判決で、確立しました。

『宴のあと』とは、三島由紀夫の小説です。彼は、当時著名な政治家のプライベートなことがらを題材にし、その政治家をモデルに小説『宴のあと』を発表しました。これに対し、モデルとなった著名な政治家は、プライバシーの侵害であると訴えたのです。

1964年の東京地裁判決では、プライバシー権が憲法上あることを認め、その根拠に憲法第13条の理念をおいたのです。

『宴のあと』事件 東京地裁判決
「日本国憲法のよって立つところでもある個人の尊厳という思想は、相互の人格が尊重され、不当な干渉から自我が保護されることによってはじめて確実なものとなるのであって、そのためには、正当な理由がなく他人の私事を公開することが許されてはならないことは言うまでもないところである。このことの片鱗はすでに成文法上にも明示されている。」

「私事をみだりに公開されないという保障が、今日のマスコミュニケーションの発達した社会では個人の尊厳を保ち幸福の追求を保障する上において必要不可欠なものであると見られるに至っていることとを合わせ考えるならば、その尊重は・・・法的救済が与えられるまでに高められた人格的な利益であると考えるのが正当であり、・・・一つの権利と呼ぶことを妨げるものではないと解するのが相当である。」
(途中省略は筆者)

ちょっと長くなりましたが(しかも婉曲でむずかしい)、この判決がきっかけで、プライバシー権は憲法上認められている権利として定着することになりました。

「知る権利」

「知る権利」は、憲法第13条ほか、表現の自由をさだめた憲法第21条も根拠とされる権利です。国民が正しいことを知る権利。

それがないと、主権者として正しく選挙権が行使できない、正しい生活がおくれないなど、個人の幸福追求は得られない。

そして、憲法第21条で表現の自由を定めている以上、マスメディアは「知る権利」を保障するため、国家の情報を適切に国民に伝える権利があるはずだ。

最高裁も、1969年の判決で、国民に知る権利があることを、「博多駅テレビフィルム提出事件」(裁判所が証拠としてテレビ取材フィルムの提出を命令したことにたいし、テレビ局側がそれを拒否して最高裁に特別抗告したものの棄却された事件)で、述べています。

博多駅テレビフィルム提出事件最高裁決定
「報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の『知る権利』に奉仕するものである。したがって、思想の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることはいうまでもない。」


環境権

いろんな公害などからよい環境を享受し、平穏に生きる権利。これが環境権です。これも当然憲法第13条で認められた個人の幸福を追及するためには必要な権利です。

憲法第25条1項、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障した生存権規定からも、この権利が主張されることも多いです。

残念ながら、最高裁でこれを真っ向からみとめた判決はなく、環境権の内容についても、まだ開発進む日本で、国・産業界・個人のレベルで折り合いがつかず、まだ発展途上の権利といえるかもしれません。

しかし、環境権というものがばくぜんとあり、保障されなければならないことは、法学上も、国民・政府のコンセンサスとしても、すでに存在していると考えてよさそうです。

新しい人権を保障する立法措置

このようなことを受けて、国会でも、新しい人権を保障するさまざまな法律ができるようになりました。

○プライバシー権→行政個人情報保護法(1988)、包括的個人情報保護法(2003)
○知る権利   →情報公開法(1999)
○環境権    →環境基本法(1993)、環境影響評価(アセスメント)法(1997)

このような形で、明確に判例で示されていない環境権なども、立法で保護の対象となり、今日に至っているわけですね。

しかし、立法された法律はあくまで法律。国会で簡単に廃止されることもできます。ですから、ここで認められたからといって、安心かというと、そうでもありません。

すでに認める腹づもりがあるのなら、憲法で堂々とこれらの権利があることを規定するべきではないでしょうか。憲法制定から50数年。そろそろ、判例による解釈や立法措置による保障だけでなく、憲法による保障を考える時期に来ているのかもしれません。



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