1ページ目 【生まれつき持っている、それが「基本的」人権】
2ページ目 【人権と「公共の福祉」との難しい関係】
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【自由をほんとうに保障させる社会権】

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「自由」を確保するための権利が社会権

自由だ、あなたは自由だといっても、お金がなければ、読み書きも学べない、だから就職もできない。医者にもいけない。勝手に死んでください。それでは、自由権が保障されたと憲法に書かれていても、ほんとうに自由に生きることはできません。

そこで、自由であるためのさまざまな政策を要求する権利が必要なのではないか、といわれるようになり、生まれたのが「20世紀的権利」とよばれる社会権です。大きくわけると、生存権、教育を受ける権利、勤労権、労働基本権などがあります。

生存権は、人として尊厳を持って生きる権利です。ただ生存できるだけの権利ではありません。日本国憲法にも、こう規定されています。

日本国憲法 第25条1項
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。(下線は筆者)


健康な体を持ち、つまり貧乏でも医者に行くことができ、新聞くらいは読める、そんな生活を、憲法は保障しているわけです。これを保障するための制度が年金とか医療保険とか生活保護とかの社会保障制度です。

教育を受ける権利も、最低限度の知識を身につけ、働くためには必要な権利です。働く場所を要求することは、勤労権として権利です(義務でもありますが)。働く環境を向上させるためにストライキなどを行う労働基本権も、労働者の自由を守るために大切な権利です。これらの権利は、20世紀になって世界的に普及してきたわけです。

生存権は「努力目標」?

ただ、最高裁判所は、有名な「朝日訴訟」(生活保護の水準をめぐって争った訴訟)判決で、さきほど引用した憲法第25条は「プログラム規定」であるとしています。プログラム規定とは、いわゆる宣言であり、平たくいえば努力目標。努力して守られなければ、それはしょうがない、ということです。

これについては、そうとうな批判があります。生存権は具体的に守られなければならない、という有力な学説もあり、いまだに大きな議論を呼んでいます。国家の財政が厳しくて、年金が減らされたり、医療保険の負担が大きくなっても、しょうがない。この理論はちょっと、怖いですよね。

だから、生存権をしっかり守ってもらうためには、そういうことができる政権を選ばなくてはならない。裁判所はわれわれの健康で文化的な生活は保障してくれないわけですから、国会の場で、ちゃんと保障してくれる政権を選ばなくてはいけませんね。そういう意味で、選挙には必ずいって、そういう政権を作ってくれる政党に一票を投じなければなりません。

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