“オープンしてしばらくは閑古鳥が鳴いていました…”

2005年9月1日、学生が多く行き交う水道橋の一角に、「シンガポール文化の発信地になりたい」そんな想いを胸に、1軒のシンガポール料理店「シンガポール海南鶏飯」をオープンさせた人々がいた。

栃原さん
シンガポールへの情熱を語る櫔原さん。
「オープンしてから2、3ヵ月は、お客さんが一日ほんの数名というときもありました。当時は閑古鳥が鳴いていましたよ。」と笑いながら話すのは、この店のマーケッターである櫔原周右(とちはらしゅうすけ)さん。2009年7月、恵比寿に4店舗目をオープンしたばかりの店とは思えない状況だが、これは本当の話。

確かに、水道橋の立地からすると、ランチもディナーもやや高めの値段設定だ。しかも、店名には“飯”と書かれているものの、どんなご飯なのかわからない(いまでこそ海南鶏飯、別名チキンライスはある程度知られるようになったけれど、当時の知名度はかなり低かったことでしょう)。そもそも、シンガポール料理ってどんな料理なの?そんな感想を抱く人が大半で、店に足を踏み入れるには相当勇気がいたことは想像に容易い。しかもお店は2階だから無理もないこと。

さて、これからどうしようか…。オープンしてから1ヵ月後、店の改革者として加わった櫔原さんは、確固たる構図を構築しなければならないと決意。そこで、単なるマーケッターとしてではなく、この水道橋店の店長として自らが現場にたち、現状を探った。そして客を引き寄せるある法則を知る。

その法則の柱となるのが、“シンガポールに駐在したことのあるシンガポール料理通”であった。彼らに注目することで、ある広がりがあることにふと気づく。そこから先の関連性は、店の核となる重要な部分でもあるので留めておくが、シンガポール駐在歴のあるひとの共通点は、本格的なシンガポール料理、特に皆が虜になった海南鶏飯(チキンライス)が食べられるお店を探していたことだった。海南鶏飯を看板料理として掲げていた「シンガポール海南鶏飯」にとっては、これが功を奏し、怒涛の快進撃が始まったというわけである。