カフェ/神田神保町・馬喰町・新宿・飯田橋のカフェ

珈琲舎 蔵(くら)…神田神保町

古書店めぐりの休憩にふさわしい隠れ家。藍色の日よけをくぐって二階へのぼると、読書と珈琲の愉しみのために作られた、端正な珈琲店が待っています。名物は壁に飾られた舟木誠一郎の大作「沈黙」。

川口 葉子

執筆者:川口 葉子

カフェガイド

「古本と珈琲」を楽しむ神保町の隠れ家

梅雨どきに古書店に足を踏み入れると、古紙と黴(かび)の入り混じった匂いが鼻先をかすめる。あの湿り気をおびた独特の空気が好きだ。ページの上の文章をたどりながら、さして実生活の役に立ちそうもない思考をひねり回してきた人々の(もちろんそこには私も含まれる)、およそ無駄な遊びとも言える豊かな読書時間の堆積に包まれているのを感じるから。

創業30年以上の喫茶店が点在する神保町は、本好きと喫茶店好きにとっては変わらぬ聖地。学生時代からたびたびお世話になったせいか、神保町に来ると、なぜだか「帰ってきた」ような安らぎを感じる。
目当ての本がみつかったり、みつからなかったりした小さな喜びや失望を自分の腑に落とす(?)ために、必ずどこかの喫茶店に入ってひと息つきながら珈琲を飲んできた。

珈琲舎・蔵の写真
静かな路地の一角に、ジャズの流れる、読書にふさわしい珈琲店があります。

小さなボリュームのジャズを聴きながら

神保町の静かな明るい路地裏に藍色の日よけを出しているのが「珈琲舎 蔵」。といっても古い土蔵を再生したわけではなく、ごく普通の小さなビルで、前身は和蘭豆という喫茶店、その前は雀荘だったのだそう。

「内装も店名も、長いあいだ自分の中でイメージをあたためていたんです。店名は『蔵』と決めていました」と、店主の鈴木裕之さん。飴色のカウンターの中で鈴木さんが珈琲を点て、奥様が接客を担当している。

もともと珈琲関連の会社に勤務していた鈴木さんは、退社して1994年に念願の「蔵」をオープン。右手のどっしりした一枚板の大テーブルの中央には、毎週月曜日に奥様が季節の美しい花々を飾る。

左手はカウンター席とテーブル席。どの席を選んでも、ボリュームを抑えたジャズを聴きながら快適な読書が楽しめるのは、鈴木さんご自身が「読書と珈琲の愉しみ」をよくご存じだから。つかず離れずの丁寧な接客や、お店全体に漂う清潔感も嬉しい。

壁には洋画家・舟木誠一郎が描いた「沈黙」。かつて鈴木さんと同級生だったことからご縁が生まれたそう。

洋画家・舟木誠一郎の作品に囲まれて

壁面を飾る絵は、洋画家・舟木誠一郎による大作「沈黙」。翼を背負った少女が上目づかいにじっとこちらを見つめている。白い頬やつるりとした膝の美しさ。

カウンターの真向かいの壁に飾られた小品(写真下)は、同じ画家が蔵の店内を描いたもの。琥珀色の世界に、珈琲をドリップする鈴木さんと、かたわらに立つ奥様の姿が浮かび上がっている。
本物のカウンターと、まるで合わせ鏡のようになっている面白さにしばし眺めていたら、額のガラス面に鈴木さんの姿が映りこんでいることに気づいた。

おかげで、学生時代に愛読した澁澤龍彦の『胡桃の中の世界』を思い出したりして。かつてある種の本好きたちはみな、一度は澁澤のミクロコスモスの通過儀礼を受けたのではないでしょうか。携帯小説と電子書籍の時代にも通じるかどうかはさだかではないけれど。
 
無限に増幅する合わせ鏡。言葉の迷宮にはまりこんでいくための珈琲店には、店主が意図したかどうかはべつとして、このように何気なく迷宮めいた小宇宙がよく似合う。
珈琲舎・蔵の写真
舟木誠一郎が描いた珈琲舎 蔵。カウンターの中にはオーナー夫妻の姿、腰かけているのは白い衣裳で煙草をくゆらせる女性。

飲み終えてから「もうちょっと飲めそう」と感じる珈琲を

珈琲は一つ穴のメリタを使ってペーパードリップされる。鈴木さんの知人の焙煎人から仕入れる炭焼珈琲豆を用いて、「飲み終わったあとで、あ、もうちょっと飲めそうと感じられるような」あっさり、すっきりした上品で飲みやすい珈琲を抽出している。

私がいただいた濃いめ+少なめのデミタス(写真下・700円)も、それほど蒸らし時間を長くとらず、まろやかで嫌みのない風味に点てられていた。
コロンビアをメインにほろ苦い風味に深煎りしたブレンド(700円)は、たっぷり150cc。やや大ぶりのウェッジウッドのカップで供される。本に熱中するとつい長居をしてしまうこともあるけれど、二杯目からは300円。気軽に追加注文できる。

珈琲舎・蔵の写真
まろやかで親しみやすいデミタス。カウンターの奥の棚にはリチャードジノリやウェッジウッドのカップが並んでいます。

神保町の魅力は? 店主に訊ねてみました

「神保町にはさまざまなカルチャーが集まっています」と鈴木さん。
「そのどれかひとつに興味を持って、個人的なこだわりをもとに街歩きをすると、尽きない魅力が感じられるはず。たとえばテーマを『映画関連の古本屋めぐり』と設定するだけで、さまざまな発見が楽しめるでしょうし、『カレー屋』でも面白いですね」

神保町は「歩く人が自分で発見して楽しむ街」なのだという鈴木さんの言葉に、神保町の喫茶店としての街への愛情と誇りを感じた。
そんな珈琲舎 蔵を愛して学生時代から通いつづけ、卒業後もずっと読書と珈琲の時間を味わいにくる常連客も少なくないという。

珈琲舎・蔵の写真

珈琲舎 蔵 MENU

Coffee
ブレンドコーヒー 700円 (2杯目以降300円)
アメリカンコーヒー 700円
デミタスコーヒー 700円
ストレートコーヒー各種 800円(ブラジル、マンデリン etc.)
カフェオレ 800円
ココア 850円

Sweets
自家製チーズケーキ 300円
自家製シフォンケーキ 300円

shop data

珈琲舎 蔵(コーヒーしゃ・くら)
【住所】東京都千代田区神田神保町1-26 矢崎ビル2F
【TEL】 03-3291-3323
【OPEN】11:00~20:00、土12:00~17:00
【CLOSE】日曜・祝日
【MAP】Yahoo!地図情報
【最寄り駅】都営線・メトロ「神保町」駅A5出口より徒歩3分/JR「御茶ノ水」駅西口より徒歩10分。

神田~神保町~御茶ノ水のカフェ

CAFE TROIS BAGUES(カフェ・トロワバグ)
 30年以上愛されてきたネルドリップの老舗。女主人亡きあと、娘さんがカウンターで珈琲を点てている。
+cafe Flug(カフェ・フルーク)
 旅と、ドイツ・チェコのビールと、おいしいもの。
Cafe HINATA-YA(カフェ・ヒナタ屋)
 通りを見下ろすのんびりカフェ。スパイシーなチキンカレーは絶品。
Le Cafe du Coin(ル・カフェ・デュ・コワン)
 神田に出現した秘密の小パリ!
OnEdrop cafe(ワンドロップカフェ)
 ゆったりソファが並ぶ快適な空間は食事も充実。

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
※メニューや料金などのデータは、取材時または記事公開時点での内容です。

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