茶人たちの足跡
足しげく通っていたカフェが、なんの前ぶれもなしに、いつのまにかふっと姿を消してしまっていた--その驚きとさびしさを経験したことのあるひとは、決して少なくはないでしょう。
いまや都市の新陳代謝はついていけないほど速く、あらゆるお店が短いサイクルの中で現れてはたちまち消え去っていきます。看板が取りはずされて一ヶ月も過ぎれば、もはやだれもそんなお店があったことさえ覚えていないかもしれません。
街角のカフェで過ごす習慣を愛する者は、胸のどこかに、この変化そのものが世界の真実の姿なのだという覚悟を抱いていなければならないのです。
だからといって世界をむなしいものとせず、永遠ではないからこそ、今日というつかのまの一期一会を慈しもうとする心。岡倉天心が『茶の本』で示してくれた偉大な茶人たちの覚悟は、いまを生きる私たちに静かな、しかし確実な力をもって迫ってくるように思えます。…後略…
(文・川口葉子/写真・藤田一咲)
興味を持たれたら、ぜひ手にとってみてください。じつはこの本、“カフェオレボウルを両手で包みこむような”感触をめざして作られているのです。一冊の小さな本の重さを手のひらに感じる喜びを、内容とあわせてお楽しみいただけましたら幸いです。