コーヒーとの出会い、そして、変わらないもの
市川さんとコーヒーの出会いは小学生時代に遡ります。「野山を駆け回る子どもでしたが、コーヒーだけは小学生の時から許されていました。祖父がまるで儀式のようにして手挽きのミルでコーヒー豆を挽いてくれたのです。インスタントコーヒーに対して、祖父はなぜかそのコーヒーを本スタントコーヒーと呼んでいました(笑)」
森彦のコーヒーのおいしさは誰もが語るところ。コーヒーの味わいに熱中した市川さんは、ネルドリップを追究している間に、理想の味を実現するため独自にネルを考案。また、独学で豆の焙煎を始め、何年もの月日を費やした末に「ハンドメイドコーヒー」としてお店に登場させるようになりました。各種のコーヒーはインターネット上からも注文可能。
「おいしいコーヒーはトライ&エラーの繰り返しです。味を安定させることが難しくて、焙煎を始めた当初はよく自宅の庭に失敗したコーヒーをまいていました。でも、自分で何度も失敗を積み重ねていかなければわからないことがある。捨て石も大事なのです」
森彦のテーブルには古くからのコーヒー研究書がずらりと並びます。特に好きな一節があります、と市川さんがページを開いたのは井上誠の『珈琲の研究(昭和25年発行)』。
美しい日本の風土と、本来快活で細やかな情操をもつ日本人の造り出すコーヒーは、それだけでも特色のあるものでなければならない。その上に新しさを加えることができた。日本のコーヒーにたずさわる志のある者は、誰しもそれを誇りとするにやぶさかではない。(『珈琲の研究』より)
旅先で巡り会う一杯の充実したコーヒーは、その街の印象をまるごと変えることさえあります。ましてそれが、その土地の生活の記憶を蓄えた美しい場所で供された一杯であれば。「どんなに時代が変わっても変わらないものがあります。たとえばそれはコーヒーの味だったり、おもてなしの心であったり。森彦でそれを感じていただけたら、どれほど嬉しいことかと思います」