日本においては、1899年(明治32)に当時の山陽鉄道(現在の山陽本線)を走った急行列車に連結されたのが始まりと言われています。しかし当時、食堂車が使えるのは1等・2等車の乗客だけで、3等車の乗客は駅弁を食べるか、持参の弁当を食べるしか車内で食事をとる方法がありませんでした。その後、第一次世界大戦後には3等車の乗客も食堂車を利用できるようになりました。
その後、第二次世界大戦の激化により、1944年(昭和19)に食堂車の営業が全廃され、終戦を迎えました。終戦後は連合軍輸送司令部からの食堂車接収命令により、ただちに日本人が食堂車を利用できる状態にはなりませんでした。日本人向け食堂車の営業再開は1949年(昭和24)からです。
1950年(昭和25)になると、戦後初めて食堂車が新造されました。それがマシ35型です。戦後できた特別2等車といっしょに特急列車に組み込まれ運用されました。

マシ35型(関水金属)
特急『つばめ』『はと』等で使用された食堂車。
| 料理 | 価格 |
| プルニエお定食(鮮魚貝お料理野菜添え、コーヒー・パン・バター付) | 300円 |
| スペシアルシチウお定食(スペシアルシチウ野菜添え、コーヒー・パン・バター付) | 300円 |
| ビーフステーキお定食(ビーフステーキ野菜添え、コーヒー・パン・バター付) | 350円 |
| グリルチキンお定食(グリルチキン野菜添え、コーヒー・パン・バター付) | 350円 |
| スープ | 80円 |
| 鮮魚フライ | 80円 |
| 鮮魚焙焼 | 80円 |
| ハムエッグス | 100円 |
| オムレツ | 100円 |
| ハムサラダ | 100円 |
| ポークカツレツ | 100円 |
| ビーフカツレツ | 100円 |
| チキンカツレツ | 150円 |
| ビーフシチュー | 150円 |
| ビーフステーキ | 150円 |
| コールビーフ | 150円 |
| コールチキン | 150円 |
| サーロインステーキ | 240円 |
| ポークチャップ | 240円 |
| 御飯(米飯規格量) | 12円 |
| ハムライス(米飯規格量) | 70円 |
| チキンライス(米飯規格量) | 80円 |
| パン(バター付) | 25円 |
| チーズ | 60円 |
| サンドウィッチ | 100円 |
| 清酒(特級酒1合) | 160円 |
| ビール(淡色・大壜) | 190円 |
| ビール(黒・小壜) | 110円 |
| ウイスキー(1級品・1杯30cc) | 85円 |
| オレンジヂュース(バヤリース) | 55円 |
| 清涼飲料 (全糖品、三ツ矢・リボン) | 45円 |
| レモネード(ウイルキンソン) | 35円 |
| ジンジャエール(ウイルキンソン) | 35円 |
| タンサン水(ウイルキンソン) | 30円 |
| カルピス | 30円 |
| コーヒー | 50円 |
| 紅茶 | 30円 |
| 菓子 | 時価 |
| 果物 | 時価 |
1956年(昭和31)になると、当時進められていた軽量客車製造の一環として、オシ17型食堂車が製造されました。内外装とも欧州風の近代的なデザインになりましたが、技術的な問題から冷蔵庫は氷冷蔵庫、レンジは石炭レンジを採用せざるを得ませんでした。これが後日、客車食堂車廃止の悲劇を生むことになります。







