落ちたパンくずで書かれた「うまい」が元気の源!
言葉を選びながら、インタビューに答えてくれた嘉藤シェフ。誠実な人柄が伝わってくるようでした。 |
吉野シェフからキッチンを預かる嘉藤シェフは、フランスで2年修行を積み、帰国後は「レストラン タテル ヨシノ 芝」「レストラン タテル ヨシノ 汐留」を経て、ここ銀座にやって来ました。
「タテル ヨシノ」に入った時、思ったのが、とにかくいい食材を使っているということ。なかなか手に入らないジビエを半頭からさばいたり、アレンジするのももったいないくらいの魚をざっくり料理したり。とても勉強になると言います。
そんなある日、自信を後押ししてくれたのが、ある女性ゲストのおちゃめな行動。なんと、食後のテーブルには、落ちたパンくずで「うまい」と書かれていたそう。
なんてユニークなと思わず笑みがこぼれるエピソードですが、やはり「おいしい」という言葉は、シンプルでも、シェフの一番の特効薬。オープンからさほど月日が経っていないゆえ、「対応しきれていないのでは」と焦る日々の中、「元気をもらえた」とシェフは言います。
そんな嘉藤シェフが、日常、そばに置いて離さないのは、どこででも手に入る1冊の白いノート。でも、この中は、どこででも手には入らないシェフのアイデアがぎっしり書き込まれています。
通常は吉野シェフのレシピで料理する嘉藤シェフも、時折、吉野シェフにレシピを提案することがあるのだそう。それは、このノートから、思いを込めたひと皿が登場する瞬間。
ここで、吉野シェフの「いい! いい!」という良い反応を得られれば、すぐさまメニューに載ることもあるのだそう。吉野シェフの包容力と嘉藤シェフの努力が実を結ぶひとときです。
嘉藤シェフから見た吉野シェフは、本当に偉大な人。そのお料理は、豪快なイメージがあるのに、細かいところまで計算しつくされていると言います。
確かに「タテル ヨシノ」は、どちらかと言うと、男性的な印象のあるレストラン。それをこの銀座では、少し女性的に傾け、重くならないように配慮しているのだそう。今後、銀座店の特徴が、色づいてゆくのが楽しみです。
甘いものに対するネガティブを取り払うのが僕の仕事。
成田パティシエご自慢の飴細工のデザート。 |
成田一世(なりたかずとし)さんは、彗星のごとく、「タテル ヨシノ」に現れたパティシエ。ご自身の誇りは、あくまでレストランのパティシエであること。
「レストランの場合、料理の流れに合わないデザートは受け入れられない。だからこそ、提案していく力がないと、やっていけない。他人から学んだお菓子は、他人のスパシャリテでしかない。自分自身のスペシャリテを創るのが、レストランのパティシエ」。
「どんなお菓子でも、初めて世に出た段階は、皆の驚きを集める。でも月日が経てば、「サントノーレ」はこんなお菓子、「オペラ」はこんなお菓子と、知識が皆の中に浸透してくる。そうなると、それはクラシックと言われ、斬新なお菓子ではなくなるけれど、おいしければ、スイーツ界の重鎮のように、ちゃんと世の中に残っていく。だから、自分が作ったお菓子を、次の10年でクラシックにできるかどうかが、その人の力であり、その人の個性」。
そんなしっかりした考えを溢れさせる成田パティシエは、ここ「タテル ヨシノ」では、「道の途中にいるパティシエ」と自分を表現します。
「ここ、銀座は、吉野シェフの味を受け継いでゆくレストラン。その道は、これからも長く続くと思われ、そこに今、自分がいて、今、デザートを担っている。でも、それが受け継がれるかどうかわかるのは、先のこと。これが正解だったのか、結果がわかるのは、いつも時間がかかるんです」。
「日本は、甘いものをどちらかと言うと、太る、体に悪いなど、ネガティブに受け取る国。そのネガティブを取り払うのが、僕の一番の仕事です」。
そう話す成田パティシエの指先を見たら、それは白くて長くて、とてもきれい。生まれながらの繊細な手仕事人なのかもしれないと、思わずにはいられませんでした。
それは、スプーンで押すとパリンと割れる、ボール状の飴細工のデザートをいただいた午後。なんとも美しいひと皿でした。