我々余人にはそんな場に居合せることすらできませんが煉獄にも似た身を焦がすような死闘も本という形であれば追体験できます。今回はフィクション、ノンフィクション取り混ぜて、裏世界の勝負を擬似体験する大人の読書案内です。
『二進法の犬』 最凶の博打、手本引きを描いた傑作
花村 萬月著 光文社 ¥1,300(税込) |
乾十郎は関東で知らぬものは居ない少数精鋭の武闘派で鳴らすヤクザの組長。ある日、関西系のヤクザが十郎の縄張り内で賭場を開帳。これ激怒した十郎は客を装い手勢わずか二人のみ率いて敵の賭場に乗り込む。
潤沢な資金と博徒ならではの勝負強さで場を荒し、ついにはここを仕切る西元寺を引きずりだし一対一の勝負に持ちこむ。このシーンは物語前半の最大の山場だ。
ここに登場するのが「手本引き」という賭博。ごく簡単に説明すると親が1~6までの札からを一枚選び、子はその数が何かを当てるだけという至極単純なもの。しかしその賭博の世界では「博打ちが最後に辿り着く博打」「博打の王様」と謳われ頂点に君臨する競技なのです。
乾の恐ろしさがひしひしと伝わってきた。乾の顔つき、態度、仕草は、相手の想像力というものを完全に遮断している。能面が張りついたかのような表情であり、素晴らしく巧みにできた自動機械のような仕草である。
「勝負」
寂びとどすの利いた独自の節回しで、乾が言った。
(本書386頁から)
手本引きの最大の特徴は親も子も毎回その手を自らの脳味噌から搾り出さなくてはならないこと。全く運の要素がなく底無し泥沼の心理戦となります。しかもここは互いにヤクザ。勝負が引き分けでおわることなどありえません。究極の勝負の趨勢は…
賭博を描いたもので面白いものをあげろといったら間違いなくこの小説はガイドのベスト3に入ります。