ゲームを買うことができるという価値

ショッピングをする女の子の図
インターネット通販で買い物をすることを、クリックする動作から、ポチる、といいますが、amazonを見てるとついポチッちゃう、なんて人もいます。
ショッピングが趣味、という人っていますよね。特に女性が多いと思うんですが。別段何の不思議もない、比較的ポピュラーな趣味です。でも、積みゲーがおかしいというのであれば、ショッピングが趣味という人も、妙だ、と言わなければいけません。

何しろ、趣味は何? と聞かれたら、買った物やそれを使うことをさしおいて、買うことそのものが趣味だ、というのですから。ガイドの奥さんもショッピングが趣味の1つだったりします。買うのは洋服や本が多いのですが、恐ろしいことに買ったことに満足して着ない洋服、というのもいくつかあるようです。言わば、積み服です。タンスの肥やしなどともいいますね。

ガイドの奥さんいわく、ショッピングは、ハンティングでもあるんだそうです。ハントすることが大切で、釣った魚を必ず食べるかと言われれば、キャッチ&リリースの場合だってあるだろう、と。もっとも、生き物ではないのでリリースはしないので積むわけですが。

お金を出して手に入れるということとその過程、つまりショッピングそのものがやはり楽しいということなんですね。買おうと思ってお金を握り締めていれば、ゲーム屋さんにいくのも楽しいし、amazonなどのインターネット通販を見るのも格段に楽しいんです。欲しいものが見つかってお金をはらって手に入ったらそれがまた楽しいんです。たとえその後忙しくて実際にはたいして遊ぶことができなくても、です。

ゲームを所有することができるという価値

たかくツ積んだ図
たくさん積んであることに喜びを感じてしまうようになると、かなりの積みゲーマーですね。
さて、実際にゲームを買って、手元に届いたらそれでおしまいでしょうか? ゲーム自体はプレイしないんですからもう意味が無くなってしまったようにも思えますが、そうでもないんです。今度は、所有するという楽しみがあります。

持っている、という楽しみ。さらに言えば、たくさんのゲームを積んでいる、という楽しみ。積むことそのものが目的化してしまっているケースですね。たくさんのゲームが棚に並び、そのどれもが手付かずで、自分さえその気になればいつでもビニールの包装を破いてすぐにでもプレイすることができる、という状況に満足するんです。いやあ、かなり積みゲーしちゃってるんだけど、なかなか時間が無くて、なんて、困ったようなそぶりをしつつも、ちょっと得意げだったりするんですね。

積みゲーの中からゲームを実際にプレイすることを、積みゲーを崩す、と言いますが、長期休みを前にして、さあて今度の休みはどこにも行かずに積みゲーを崩すかな、なんて考えるのも楽しみの1つかもしれません。積みゲーをしていなければ、積みゲーを見ながらニヤニヤすることはできないのです。

さて、積みゲーをする理由について、いくつかの例を挙げてきました。ゲームを実際にプレイしなくても、このような楽しみを感じてお金を出す人がいるということは、ゲームソフトという商品が持つ価値がどういうものであるかを示唆しています。