読書には「タイミング」が重要だな、と思うときがある。タイミングといっても、朝の通勤電車の中で読むとか、寝る前の30分をあてるとか、週末に一気に読破するというような生活サイクルにおける時間のやりくりのことではない。人生のどの時期に読むべきか、というようなことである。

たいていは、何らかの本を読んでいるときに、「ああ、この本はもう少し若いうちに読んでおくんだったな」と後悔するのだけれど(新刊なら仕方ないが)、時には「これは若いうちだと読みこなせなかっただろうな」と感じる本もあるし、その逆にいまでは色褪せてしまった本もある。

そして、まれに「あのとき読んでおいたのは正解だし、いまでも興味深い」と思える本もある。そのまれな一冊が、荻村伊智朗氏の『卓球・勉強・卓球』(岩波ジュニア新書)である。

『卓球・勉強・卓球』は、高校時代の私に最も影響を与えた本のひとつである。その当時の私に「座右の書は?」という質問をしたら、おそらくこの本の名をあげるだろう。もっとも、それまでたいした読書をしていないので、選択肢はきわめて少ないのだが……。

『笑いを忘れた日』
『笑いを忘れた日 伝説の卓球人・荻村伊智朗自伝』著・荻村伊智朗、編・今野昇、卓球王国刊、1500円+税
たしか、父が与えてくれたものだった。夜、学校(練習)から帰ってきたら、簡単なメモ書きとともに机の上に置いてあったのだ。物心ついてからというもの、父から本をもらうということはなかったので、びっくりした記憶がある。

その後、社会人になってから、なんらかの折に『卓球・勉強・卓球』を探したのだが、どこにも見当たらない。大学入学時に上京して以来、かれこれ6回引っ越している。そのたびに本の収納に困り、実家に置いてもらったり、やむを得ず処分したりしている。

まあ、どうしても必要というわけではなかったので、そのまま忘れていたのだが、それが卓球王国から先月刊行された『笑いを忘れた日 伝説の卓球人・荻村伊智朗自伝』に収載された。今年は荻村氏の13回忌にあたるため、それに合わせて刊行されたものだという。

今回、実に20年ぶりに読み返してみた。高校時代はたぶん荻村氏の練習方法とか技術論などに感銘を受けたのだろうな、と思いながら。もちろん、今回はそのような部分にはあまり惹かれない。それはいまの私にとって切実なテーマではなくなったからだ。代わりに興味深かったのは、荻村氏の生き方である。もう少し正確にいえば、「生き急ぐ」とでもいうような「濃い生き方」である。

荻村氏が亡くなったのは62歳。早すぎる死は残念ではある。けれど、今回読み返してみて、こう思った。荻村氏に無念さはあったかもしれないが、後悔はなかっただろうな、と。そして、自分自身の生き方を省みて愕然とする。

『荻村さんの夢』
『荻村さんの夢』編・上原久枝、藤井基男、織部幸治(UFOの会)、卓球王国刊、1500円+税
『笑いを忘れた日』に収載されたのは『卓球・勉強・卓球』ばかりではない。『スポーツは世界をつなぐ』(岩波ジュニア新書)をはじめ、荻村氏が発行していた「卓球ジャーナル」誌の巻頭言、インタビュー・講演から抜粋されている。

また、荻村氏と親交の深かった方の回想などを集めた『荻村さんの夢』(上原久枝、藤井基男、織部幸治編)も同時に刊行された。こちらはタイトル通り、荻村氏が目指していたものがまとめられている。

編集を担当した今野昇氏(「卓球王国」編集長)は、『笑いを忘れた日』の「あとがきに代えて」にこう書いている。
《私自身、荻村伊智朗さんの自伝、その生き様を記した書籍を出すのは夢でもあり、やるべき仕事だとずっと思っていた》

その言葉どおり、荻村氏に関するエッセンスが、編集者の「業」によってぎりぎりまで濃縮されている。なんとも幸せな2冊だ。

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